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【movie,or not movie】だまされた! その後に切なさと美しさが 篠山輝信
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□映画「鑑定士と顔のない依頼人」
文句なく面白い映画だった。もしかしたら僕にとっての今年ナンバーワン映画かもしれない。思わず見終わった直後に「面白い!」と叫んでしまった。そして続けてこうつけ加えた。
「だまされた!」
そう、僕はこの映画に見事にだまされた。しかしラストに物語の筋をひっくり返して、観客に衝撃を与える映画はさして珍しくない。ところがこの映画が他と一線を画するのは、気持ちがいいほど鮮やかにだまされたあと、胸の奥に人生の美しさや切なさが込み上げてくるところだ。伊達や酔狂ではない。ラストの衝撃は美しく奥深い人間のドラマを描くためのものだ。
天才的な鑑定眼で世界の美術品を仕切るオークション鑑定士、ヴァージルの元に電話がかかってくる。それは、亡くなった資産家の両親の屋敷に残された美術品を査定してほしい、という若い女性クレアからの依頼だった。だがクレアは電話で交渉を進めるだけで、決してその姿を現さない。実は彼女は“広場恐怖症”と呼ばれる病気でなんと12年もの間、屋敷から外に出たことがないと言う。ヴァージルは屋敷の壁を挟み、声だけでやり取りをしながら美術品の査定を進める。
このクレアという女の奇妙さが、物語の前半を支える軸になっている。僕はこの女の正体が知りたくて、どんどん作品の世界にのめり込んでいった。年老いた尊大な鑑定士と決して姿を現さない若い女の依頼人。一見かけ離れている者同士に思えるのだが、この2人には共通しているものがある。それは「人間が苦手」ということだ。屋敷の部屋に10年以上籠もっているクレアは言わずもがな、鑑定士のヴァージルも友人もいず、結婚もしてない。何よりも彼の最大の楽しみが、自宅の隠し部屋の壁一面に飾った、女性の肖像画をめでることであることからも、彼が極端に人を忌避していることがうかがえる。
物語の後半、そんな似たもの同士の2人が徐々に自分の殻を破り、お互いの心を歩み寄らせていくさまは、とても切なくて美しいラブストーリーだ。観客の好奇心をくすぐる奇妙な状況、そのなかで切ないまでの人間のリアリティーを描く。
「ニュー・シネマ・パラダイス」(1989年)を代表作にもつジュゼッペ・トルナトーレ監督のストーリーテラーとしての圧倒的な才能が遺憾なく発揮されている。そして、そのストーリーテラーは美しい物語で観客を魅了しながらも、その裏に虎視眈々と仕掛けを用意している。
これからこの映画を鑑賞される方のためにあえて言っておきたい。この映画に登場する全てがある衝撃的な出来事への伏線になっている。物語に出てくる全ての人物、言葉、物に刮目(かつもく)していただきたい。文句なくおすすめの一本。(タレント 篠山輝信/SANKEI EXPRESS)