SankeiBiz for mobile

【軍事情勢】無人機は現代の騎兵か、魂を刈る死神か

ニュースカテゴリ:EX CONTENTSの政治

【軍事情勢】無人機は現代の騎兵か、魂を刈る死神か

更新

 航空自衛隊が撮影した中国軍無人機《翼龍》とみられる映像を見たとき、鹿児島県奄美大島生まれの、米陸軍特殊作戦部隊グリーン・ベレーに21年も在籍した三島瑞穂・退役曹長(2007年に69歳で逝去)の155センチの短躯(たんく)が頭に浮かんだ。馬に跨がる姿だったのは、三島氏から聴いた話が衝撃的だったせいだ。在イラン米大使館は1979年に占拠され、館員らが人質となったが、氏はその3波目の救出チームに選抜され、米ユタ州の山岳地帯で乗馬訓練を命ぜられた。航空機と砂漠を利用した最初のチームの失敗で、イランの隣国アフガニスタンの山岳地帯から馬による潜入作戦も想定されていたためだった。結局、人質が解放されたことで2波目も含め、作戦は中止された。

 中国軍が偵察を活発化

 戦場で花形だった騎兵は、戦車を主力に、随伴の自動車・機械化された歩兵や工兵など他兵科諸隊を網羅した機甲部隊に、或(ある)いは航空機で進入し兵士を降ろすヘリボーン部隊へと進化した。だが、馬の活躍余地は残る。三島氏だけでなく、2001年の米中枢同時テロ直後、GPSなど近代機器を装備する米特殊部隊員は、イスラム武装組織タリバン掃討作戦に向け、馬に乗りアフガンの山岳地帯を潜行した。三島氏の待機・訓練時に集めた情報は、「タリバン掃討に従事した後輩に役立てられた」(三島氏)。

 一方で、無人機もまた騎兵任務の一端を担い始めた。無人機には偵察・索敵・警戒監視はじめ、後方や側面への奇襲攻撃、追撃も期待できる。騎兵の機能と似ているが故に、三島氏と《翼龍》が二重写しになったのかもしれない。

 《翼龍》は9月、尖閣諸島(沖縄県石垣市)近くの防衛識別圏に侵入。空自戦闘機が緊急発進=スクランブルした。

 《翼龍》の目的は判然とせぬが将来、中国軍がわが邦島嶼(くにとうしょ)に対する不法占領に備え作戦を立てていることは紛れもない。自衛隊による無人・有人島への戦力揚陸・増強による抑止力向上が急がれる所以(ゆえん)である。自衛隊の戦力を掌握すべく、中国軍は偵察を活発化させるはず。有人偵察機では自衛隊の優秀な火力に迎撃され、技術や経験を培ってきた貴重な偵察兵の損耗につながるため、無人機による偵察は有力な選択肢となろう。

 自衛隊が地下や洞穴、市街を活用した陣地内に戦力を秘匿した戦況では《威力偵察》も想定される。威力偵察とは、例えば戦車や装甲車を核とする偵察部隊を侵入させ、敵の攻撃を故意に誘い、敵の配置や装備などの情報を引き出す戦法。島嶼では航空偵察の出番となる。しかし危険は大きく、低高度や近接の偵察も可能にする無人偵察機と無人攻撃機を組み合わせた威力偵察が軍事合理性に適(かな)う。

 日露戦争での挺身斥候

 無人機は長時間・長距離任務にも耐える。《翼龍》の最高飛行高度は5300メートル▽航続距離/時間は4000キロ/20時間。これが米軍のMQ-9リーパーだと各1万5000メートル▽5900キロ/28時間に達する。

 偵察任務がいかに危険で、作戦次第でいかに長距離/長時間を踏破するかを戦史にも観る。菅直人(かん・なおと)・元首相(67)が東日本大震災で乱発して、その価値をまた一段と下げた「決死の覚悟」なる言葉が、日本にはかつて間違いなくあった。率先して身を投げ出し、困難に当たる行為を《挺身(ていしん)》、身を投げうち任務を遂行する部隊を、大日本帝國(ていこく)陸軍では《挺身隊》と呼んだ。戦死確率が高い偵察を《挺身斥候》という。

 日露戦争中の1905年1月、帝國陸軍はロシア軍主力が奉天に布陣するか、後方まで下がるか、決戦場につき逡巡(しゅんじゅう)していた。そこで「日本騎兵の父」と呼ばれる秋山好古(よしふる)少将(1859~1930年/後に大将)は山内保次少尉(1881~1975年/後に少将)以下4騎に、露軍主力の後方に回り込む挺身斥候を下令する。山内挺身隊は露兵を装うなど、潜行すること18日/1000キロ。極寒期での野営や食料調達、敵の追撃に苦しみながら敵情を見事探り当てた。霧中、敵100騎と遭遇しながら平然と横を通過、敵縦隊の最後尾に張り付いての前進まで敢行しており、不敵な行動は痛快この上ない。

 後方攪乱(かくらん)も騎兵の役割だった。05年2月、永沼秀文中佐(後に中将/1866~1939年)指揮の騎兵2個中隊176騎は露軍背後に潜入する。75日/2000キロをかけ鉄橋や通信線、糧秣(りょうまつ、糧食や軍馬の馬草)集積所を爆破・破壊。追跡してきた露コサック騎兵や砲兵の部隊に突貫し、これを退却せしめた。

 ゲーム感覚高揚の危険性

 永沼挺身隊同様、中国軍も(島嶼防衛の弱点の一つ)武器・弾薬・食料補給線の遮断を必ずや狙ってくる。その際、対艦攻撃能力を付加された無人機の投射は十分予想され、迎撃態勢整備が求められる。

 永沼らが決死の任務に挺身している頃、日本の政治家も決死の覚悟を持ち、対露講和を模索していた。時の枢密院議長・伊藤博文(元首相/1841~1909年)は貴族院議員・金子堅太郎(後に農商務・司法の各大臣/1853~1942年)を呼び、米国大統領に講和仲介を呑(の)ませる旨命ずる。金子は「米国はロシアに弱く、難しい」と断るが、伊藤はたたみ掛ける。

 「生命を賭してやれ」

 斯(か)くの如く、古(いにしえ)の戦争では、戦闘員も非戦闘員も決死だった。ところが、現代に姿を現した無人機は消耗品。パキスタンやイエメンでテロリストを殺害してきた米軍無人機は、将兵や技術者が米本土で操作するケースが多く「自宅を出て“戦場”に出勤する」と言われる。操縦者側が安全な一方で、一般国民を巻き込んだケースは、当該国や人権団体などが非難してもいる。10月上旬に米軍がリビアとソマリアで断行した作戦は、こうした事情に加え、国際テロ組織アルカーイダ幹部の殺害ではなく、さらに難しい拘束(情報収集)目的だったことで、特殊作戦部隊が投入された。

 無人機やロボット兵士が戦車や装甲車、有人航空機の大半か一部を代替する兵器へと昇華する戦史は、既に刻まれ始めた。アルカーイダ幹部拘束が証明する通り、将兵の能力を完全に代行する日は今少し先になるが、無人機/ロボット運用は戦争の現実感を薄れさせ、ゲーム感覚を高揚させる危険を伴う。

 そういえば、前述した米軍無人機リーパーは英語で《刈り取り機》。転じて、魂を刈り取る《死神》も意味する。(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI EXPRESS

ランキング