スエズ座礁で渦中の「今治」は世界4大海事集積地 香港・ギリシャ・北欧と比肩
地中海と紅海をつなぐ国際海上交通の要衝・パナマ運河(エジプト)で3月23日にコンテナ運搬船「エバーギブン」(全長400メートル、幅59メートル、パナマ船籍)が座礁して1カ月近く。同船は離礁したものの現地の裁判所に差し押さえられ、運河内の湖に留め置かれたままとなっている。多額の損害賠償金の支払い問題が背景にあるためだ。解決にはかなりの時間がかかるとみられる中、問題に直面しているのは船主の「正栄汽船」。「日本最大の海事都市」「世界の四大船主の一つ」とも称される愛媛県今治市にある会社だ。
賠償請求9億ドルの報道も
座礁事故は3月23日、エジプト北東部のスエズ運河を通航中に発生。正栄汽船によると、エバーギブンは台湾の海運会社が運航しており、乗組員は全員インド人。マレーシアからオランダ・ロッテルダムに向かっており、到着は3月31日の予定だった。座礁から6日後の3月29日、11隻のタグボートで牽引(けんいん)して離礁に成功。正栄汽船は「事故に際し、多大なるご協力を賜りましたことを感謝申し上げます」とコメントした。
しかしその後、運河を所有・管理するスエズ運河庁が事故の損失として約9億ドル(約980億円)の損害賠償額を提示し、現地の裁判所が4月12日に賠償金が支払われるまで船を運河内の湖に留置するとの決定をした-と現地メディアが報じた。
同社によると、運河庁から保険会社を通して損害賠償額を知らされ、減額に向けて交渉を続けているという。担当者は「早く(賠償額を)決めて船を出したいが、交渉事なので何ともいえない」と話した。
賠償額の決定と支払いは同社が契約している保険会社などを交えて運河庁側と交渉すると見込まれる。同社によると、取材した4月15日時点で留め置かれた船がいつ運河を抜けられるか、見通しは立っていない。
香港、ギリシャ、北欧と比肩
座礁事故では、同社の本社がある今治市の存在が図らずもクローズアップされた。サイクリング人気の高い「瀬戸内しまなみ海道」の四国側-という印象が強いかもしれない同市だが、実は「世界の四大船主」の一つに数えられるほどの海事産業集積地の顔を持つ。
人口規模は約16万人ながら海事関連企業は500社以上。携わる従業員数は計約1万人を数え、家族を含むと約3万人が暮らす。内訳は船で海外との間で人やモノを運ぶ「外航海運」の会社が約70社。こうした会社は「今治オーナー(船主)」の名で知られ、日本全体の外航船の4割超の約1050隻を所有している。日本国内の貨物輸送に使われる「内航船」も今治市に約190社が集中し、国内の約5%に相当する約240隻を所有している。外航と内航を合わせると全国の約3割が今治オーナーだ。造船業も14社あり、市内に本社や拠点のある造船会社で国内建造船の約3割を占める。エバーギブンを所有する正栄汽船は、今治市にある国内最大の造船会社、今治造船のグループ会社だ。
さらに、同市には舶用メーカーと関連企業が約160社ある。海運、造船、舶用といずれも国内トップクラスで、これだけ多くの海事企業が集積していることから、同市は香港、ギリシャ、北欧と比肩する「世界4大海事集積地」の一つに数えられる。
荘園から塩を運ぶ
今治の歴史をさかのぼると、古くから四国や島嶼(とうしょ)部には皇室や公家、武家、寺社の荘園が多数あり、ここで生産される塩などを畿内へ運ぶ海上交通の拠点だった。入り江の深い波止浜湾(はしはまわん)があることから船が潮流が変わるのを待つ「潮待ち」の港としても活用し、海運業が栄えたという。大正11年には四国で初めての国の重要港湾として今治港が開港した。
第2次世界大戦や戦後のオイルショック、バブル崩壊などの危機をくぐり抜け、現在まで続いてきた海事都市・今治。だが、特に造船は中国の著しい台頭などで厳しい状況にさらされている。各社は経営の合理化を図っているが、昨年からは新型コロナウイルスの蔓延(まんえん)で物流が滞り、セールスをかけられない状況が重なった。技能者不足も深刻な問題となっている。