今、世界中で語られているのは、今後、かの有名なウイルスとどうおつきあいしていくかである。ウイルスに「勝つ」とか、ウイルスと「交渉する」ではなく、「おつきあい」である。
人間社会は自然の世界の一部なのだから、ウイルスに勝ったように見えても、それはあくまでも「一瞬、勝ったような気になった」だけのことだ。思い込みにすぎない。欧州各国の行政も企業も、もちろん一市民も、おつきあいの仕方を考えている。全員とは言わないにせよ。
今回の禍で、欧州で最初の感染国になったのはイタリアだ。経済的な打撃は激しく、最近の新聞報道によれば、最悪、5万軒ほどの飲食店が店を閉じる可能性もあると予想されている。
現在の封鎖は5月3日までで、それから徐々に解除されていくと見込まれるが(もちろん感染の二次波がくれば、再封鎖の道を歩むだろうが)、少なくとも飲食店が5月4日から営業できるとは考えにくいとの見解が強いからだ。
そういうなかで、新しい社会活動のあり方が盛んに議論されている。
個々人の行動を把握するためのアプリも用意されているが、これは防御的な方策だ。あるいはバスの停留所を減らして閉じた空間に滞在する時間の短縮をはかる、地下鉄の駅へ入れる人数を制限する、という案も出ているが、これらも人々に「窮屈さ」を強いる話だ。
しかし、そのような話ばかりではない。開放感に溢れる話もある。