「豊洲」が教える地方自治の機能不全 東京以外にも“伏魔殿”が…

社説で経済を読む

 □産経新聞客員論説委員・五十嵐徹

 「都民の台所」とも呼ばれる東京の築地市場(中央区)に代わる豊洲新市場(江東区)への移転計画が暗雲に包まれている。移転の遅れは、築地の跡地利用を当て込んだ4年後の東京五輪開催準備にも影響しかねない。

 土壌の汚染対策をめぐり、都は敷地全体に盛り土を行うよう専門家から提言を受けたにもかかわらず、独断で建物の地下には空洞を設けていた。事が食の安全に関わる問題だけに、納得できる説明が求められている。

 驚くのは、歴代の担当幹部ですら、報道で明らかにされるまで実態を「知らなかった」ことだ。議会答弁やホームページなどでは「工事は提言通りに行われた」などと、事実とは異なる説明を続けていた。結果的に「都は嘘をついていた」(9月16日付日経)ことになる。

 毎日は9月14日付の社説で、「提言を無断でほごにしただけでなく、その事実を隠そうとした疑いがある」と指摘。「市場関係者や都民に対する二重の意味の裏切り行為だ」と断じた。他紙もまた「あきれるばかりの独断専行」(9月14日付産経)、「信じがたい背信行為」(同15日付朝日)、「無責任体質に驚かされる」(同24日付読売)などといずれも論調は厳しい。当然であろう。

 責任者は不明のまま

 しかし、事態発覚から1カ月以上もたつというのに、誰が提言と異なる計画への変更を認め、工事のゴーサインを出した最終責任者は誰なのかなど、肝心な部分はいまだに不明なままだ。

 「都民ファースト」を公約に掲げてきた小池百合子知事は、徹底した情報公開を約束している。だが9月末の最終報告でも、疑問は残ったままだ。

 当初、11月7日とされていた新市場移転は、とりあえずの措置として最終の水質検査結果が出る来年1月以降に延期されたが、さらに遅れる可能性がある。

 小池知事は、土壌汚染対策の専門家会議を再度立ち上げるとともに、それとは別に豊洲市場の調査チームを設け、事業費の妥当性を含めた決定過程の徹底検証に乗り出した。調査結果を基に、今後どういう対策が必要か、可能な限り早く方針を示してほしい。

 豊洲市場の事業費は5年前に3900億円だったものが、現時点では5900億円近くに膨らんでいる。土壌汚染対策費も当初の586億円から858億円に増えた。

 再開された専門家会議で見直した結果、仮に工事のやり直しが必要という事態にでもなれば、さらに工費は膨張する。移転費用がかさむ業者からは補償を求める声も上がっている。補償額は1日当たり700万円になるとの試算もある。

 築地市場では東日本を中心に年間100万トン、6000億円相当の水産物や青果物が取引されているが、老朽化と手狭さが深刻な問題だ。それが豊洲移転の契機ともなった。その点でも早急な対応が必要だ。

 2020年の東京五輪・パラリンピックへの影響も気がかりだ。昨年は2000万人近い外国人観光客が訪れ、東京に世界の関心が集まりつつある。なかでも築地市場は観光スポットとして人気だ。

 その移転先である新たな都民の台所で安全性が疑われるようなら、日本そのもののイメージダウンにつながりかねない。

 「都庁は伏魔殿」

 築地の跡地で予定されている幹線道路の整備が東京五輪に間に合うのかという懸念も強まっている。選手村や競技会場と都心を結ぶアクセス道路だ。混乱は多方面にわたっており、収拾は容易ではない。

 それにしても肥大した官僚組織は恐ろしい。とりわけ首都・東京は17万人近い職員を抱え、巨大組織特有の無責任体質が改めて指摘されている。盛り土を担当する土木部門と建物を担当する建築部門で相互の調整が行われていなかったことも、今回の問題発覚で明らかになった。

 年間予算は14兆円近くあり、スウェーデンの国家予算などとほぼ同じ規模になる。都道府県で唯一、地方交付税を受けていない財政の“余裕”も予算執行をルーズにしていないか。

 豊洲の計画策定時期にトップだったとして、自身の責任も問われる形となった石原慎太郎元知事は今回の問題で、「東京都は伏魔殿だね」と述べた。

 官僚機構の“暴走”を許してきた点では都議会も同罪だ。産経は9月14日付主張(社説)で「移転を了承した都議会が、こうした都の動きについて何らチェックできなかったのだとすれば、巨大都市の議会として統治能力を失っているのではないか」と指摘したが、問題は東京都に限らない。地方再生が叫ばれる中で、議会の在り方を含め、地方自治の根幹が問われている。