冬。城下町、松江を逍遥している。松江城の後、もうひとつ訪れてみたい場所があった。作家、志賀直哉ゆかりの地。父親と深刻に対立し、創作活動にも悩みを抱えていた青年期。ひと夏を過ごしている。手がかりは松江での体験を記した短編「壕端(ほりばた)の住まい」。町はずれ。城の裏手。壕に臨むささやかな家-とある。探してみよう。
城の裏手に回る。内堀に沿って歩く。亀田橋の近く。碑があった。大正初期、志賀直哉と芥川龍之介が相次いで松江を訪れ、内中原町で暮らした-とある。
この近くか。周辺を探す。「志賀直哉旧居跡」といった表示があってもよさそうだが、見当たらない。このまま引き返すのか。心残りだ。
近くに島根県立図書館があった。2階の郷土資料室に入る。男性職員に尋ねる。
――志賀直哉の旧居跡を探しているのですが
親切な人だった。熱心に文献を調べてくれた。見つけた。大きな地図を広げ、指し示す。
「ここです。志賀が松江を去った翌年、芥川がやって来て同じ借家に滞在したようです。松江の市民でも知っている人は少ない」