ウデヘの猟師は足が速い。ウスリータイガから北海道へ戻って野山を歩いていても、ふと、手負いにしたイノシシを追って森を走る猟師の姿を思い出す。
以前ビキン川を案内してくれたヤコフ・カンチュガは、60歳を過ぎても風のように早足で森を歩いた。何しろ身軽だ。使い込んだ銃を担ぎ、ナイフを腰に差すだけで、余計な物を持たない。後ろをついていくのが一苦労だった。決して体が大きいわけではないのだが、藪(やぶ)の中を進む背中がとても頼もしく見えたものだ。
広大なタイガには縦横無尽に踏み分け道がある。こんな奥にと驚く上流の森に、巨木の間を縫って細い道が続いている。それはクロテンのワナ猟師が歩いた古くからの道だったり、シカやイノシシ、あるいはトラさえ今も歩く獣道(けものみち)である。
秋、シダと黄葉した灌木(かんぼく)の迷路をたどると、エゾマツの松やにに黒い針のような毛がくっついている。イノシシが体を擦りつけた跡だ。シカが休む木の根元にはチョコレートに似たフンの粒。森の主のような立派なチョウセンゴヨウの木肌には、これ見よがしにトラの爪痕が残っている。そうして動物たちの置き手紙を読みつつ藪を抜けると突然、細い流れのほとりに、色あせて森になじんだ狩小屋が現れるのだ。