仲の良い夫婦だったが、やがて離別。デイビットは8歳で養護施設に預けられる。この施設で一生の恩師と呼べる何人かの大人と出会う貴重な縁も得たが、当時の施設の子供社会は、強い者が力を持つ環境だった。毎日がサバイバルだったという。さらに学校でも肌の色がちがうことから、日常的にさまざまな差別を受けてきた。そんな日々の中で人間を嫌いになることはなかったのだろうか?
「これ以上嫌いになれないところまで嫌いになった。今でも人は苦手かもしれない」と、彼は穏やかに答える。
「日々、トラウマとコンプレックスと戦いながら生きている。だけど人の弱さと向き合いつつ、少しでもよいところに向かっていきたいという思いがある」
「仕方がない」に怒り
デイビットが、もう一つの祖国であるガーナに戻ったのは20歳を超えてから。国籍は日本人なのに日本人としてのアイデンティティーを持つことができない自分に悩んでいたころ、ある人から「もう一つの文化をリスペクトしないのは可能性を無駄にしている」と言われ、その3週間後に再びガーナを訪れた。友人との食事中に、金をねだりにきた5、6歳の男の子に出会う。その子供があまりにも幼いころの自分と似ていたことに彼は衝撃を受けた。