物語は隆道とゆかりの交互の視点によって語られるが、当初は隆道だけの視点だった。「隆道だけだと、どうしても仏教に寄りすぎてしまった。自分の実家が寺だったり、宗教学を学んだりしていたからこそ、どうしても書きすぎてしまうんですね。でも、ゆかりの視点を挟むことで、仏教への距離をうまく作ることができた」
その言葉通り、物語に盛り込まれた仏教の教えは、あくまで自然。「『仏教がテーマ』と最初からうたってしまっているから、それで中身も仏教ばかりだとお説教臭くなってしまうでしょう? 仏教ってすばらしい、ということを言いたいわけではない。物語を楽しんでもらって、そのついでに『仏教ってこういうものなんだよ』と伝われば御の字です」
本作は、父親にささげる作品でもある。東京でアルバイトをしながら小説を執筆していたが、住職をしていた父親が病に倒れ、実家がある鳥取県へと戻った。「仏教をテーマにした作品はこれが初めて。とにかく父に読んでほしくて」。昨年10月、闘病の末亡くなったが、原稿は最後まで読んでもらうことができた。「使命を果たせた気がした」