≪余韻残すものは大きくふくらむ≫
狂言師、野村萬斎(47)は、午年生まれの年男だ。600年以上続く狂言の継承者として、「クールジャパン」がキーワードになるずっと前から、日本のアイデンティティーを背負い、世界を見据え発信を重ねてきた。その拠点の一つが、芸術監督を務める公共劇場「世田谷パブリックシアター」(東京)。芸術監督に就任したのは36歳、3度目の年男を迎えた2002年のことだった。「世田谷から、日本、世界につながる普遍性のある作品を作りたい」と志し、舞台芸術の新境地を開き続けた。
そして、ふたたびの午年。日本文化の遺伝子を継ぐ男は、何を構想しているのか。
「生きてる人間が演じ、来た人が悲劇や喜劇を見て、泣いたり、笑ったり、感動したりして、生きているっていう実感を確かめる場所」。それが古今東西変わらない、劇場の本質だという。
その本質をより深めるために、萬斎がまず世田谷パブリックシアターで試みたのは、古典の知恵を現代劇に還元することだった。