【本の話をしよう】
吉田戦車の描く料理にシンパシーを感じる。何がすごいのかよくわからないのだけれど、そこには不思議な引力が確かにある。ぱっと見たところ、さして美味(おい)しそうでもない「ちくわ弁当」なのだが、彼のエッセーを読むとなぜだか口の中では唾液が勢いよく分泌される。なぜなんだ!?
自分だけの箱庭のようなもの
吉田戦車の『逃避めし』(1)とは、原稿の締め切りが近づくと疼く逃避の虫が作らせる創作料理だ。咳をしても1人の仕事部屋。はやく漫画を描きあげねばと切迫が増せば増すほど、吉田の料理的想像力は跳ねまわる。「こんなことしてる場合じゃないだろ、俺!」という後ろめたさと、担当編集者に申し訳ないという罪悪感が逃避めしを作るうえでの最高のスパイスだ。
ひとり男が台所に向かい、つくりだす料理は「トマト納豆」「塩ラッキョウ カレーライス添え」「春キャベツと焼きハム」「冷やしキュウリラーメン」「目玉焼きそうめん」などなど。どうですか? 何かぐっときます? こない? いやいや、まあ待たれい。彼の逃避めしには、その料理名を聞いただけではわかりえない深淵さが眠っているのだから。