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ミシュランの星を失い提訴や自殺 振り回されるシェフの苦悩はいまや社会問題 (1/2ページ)

 【国際情勢ファイル】

 赤表紙のレストラン番付ガイド本「ミシュラン」は、今や世界中に広がる。

 日本のシェフたちの星をめぐる闘いは昨年、民放ドラマ「グランメゾン東京」の題材になった。本国フランスでは、星を落とす恐怖で自殺者が出るほどプレッシャーは強烈。最近は三つ星を奪われたシェフが抗議してミシュランを訴え、料理界の話題をさらった。

 アルプスの名店「ラ・メゾン・デボワ」を経営するマルク・ベイラ氏(69)は、黒い帽子とサングラス姿で厨房(ちゅうぼう)を指揮する名物シェフ。自家農園直送の素材を使い、玉手箱のように華やかに仕上げた料理が自慢だ。2018年、待望の三つ星を獲得。ミシュランは「悪魔のように卓越した創造性」と絶賛した。

 それからわずか1年後、二つ星に格下げされた。ベイラ氏は「料理の質は全く落ちていない。審査ミスだ」と怒り心頭で昨年秋、ミシュランを提訴。調査員の資格や審査報告書の開示を要求したうえ、「格下げでうつ状態になった」として1ユーロ(約120円)という象徴的金額の慰謝料を請求した。「調査員は、サボワ地方名産のチーズ『レブロション』を認識できず、大量生産のチェダーチーズと勘違いしたのだろう」と、テレビや新聞で不満をぶちまけた。

 注目の判決は、昨年のおおみそかに出た。パリ郊外、ナンテール裁判所は「審査員の評価は、表現の自由に基づく」としたうえで、「原告は、評価の独立性を損なうに足る正当な理由を示していない」と断じた。名物シェフの完敗だ。

 ミシュランは弁護人を通じて「消費者のために評価する権利が認められた。ベイラ氏は中傷をやめよ」とコメント。ベイラ氏に、3万ユーロ(約360万円)の損害賠償を求めた。

 訴訟が注目されたのは、裁判の過程で、ミシュラン伝統の秘密審査に風穴があくのではないかと期待されたからだ。星番付をめぐるシェフの苦悩は、いまや社会問題化している。

 ミシュランガイドは元々、タイヤ会社のミシュランが客に無料で配ったホテル、飲食店案内だった。現在の格付けは1930年代に始まり、いまや一つ星を取れば「客が30%増える」と言われるほど。一方、星を獲得した途端、シェフは星喪失の恐怖から逃れられなくなる。2003年、三つ星剥奪の噂を報じられたシェフが拳銃自殺。16年にはスイスの三つ星シェフが猟銃自殺した。

 三つ星店は味だけでなく、サービス人員や装飾、高級素材をふんだんに使う「品格」を求められる。プレッシャーから「見失うものが多い」と星を辞退するシェフも相次ぐ。「世界一多くの星を持つシェフ」といわれた大御所、故ジョエル・ロブション氏も1996年にいったん返上した。当時、「金塊のように高価な手長エビを仕入れ、白綿のような身だけをすくう日々。常に完璧を求めるあまり、消耗した」と述べたという。

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