運よく、家の近くに短時間のパートを見つけ、私は働きはじめた。痛みはあった、でも痛いままでも働くことにした。仕事をしていると気がまぎれる。痛みは薄皮をはがすように薄れていった。
働きはじめて3カ月、私には好きな人ができた。それはここに書くのも恥ずかしくなるほどの大恋愛だった。私の頭の中は、寝ても覚めても彼のことでいっぱいになっていった。
それはまるで、腰のことばかり考えていたあの頃のようだ。私の頭の中は、腰一色から彼一色に塗りかえられたのだ
そうしていつの間にか、私の腰とおしりと足の痛みは消えていた。あれだけなにをしても治らなかった腰痛が、なぜ治ったのか、当時の私にはまったく見当もつかなかった。
その後、私は鍼灸師になり、心と身体に関する専門知識を得た。その中でも最新の脳科学を学ぶうちに、どうやら、なにをやっても治らなかった私の腰痛が改善したひとつの要因はあの大恋愛だったらしい、ということがわかりはじめた。
20世紀初頭まで、痛みを認識する場所は「視床」という脳の一部だとされていた。しかしその後の研究により、「痛み」は視床だけではなく、「ペインマトリックス(痛み関連脳領域)」といわれる脳内の様々な場所で認識されていることがわかった。この「痛み関連脳領域」は、痛みに関する「言葉」「イメージ」「記憶」「予想」によっても興奮する。いつも「腰」や「腰痛」のことを気にしているということは、常に「痛み関連脳領域」を興奮させ続けているということでもある。