□特別養護老人ホーム 芦花ホーム常勤医・石飛幸三氏
■最期の迎え方は、生き方の集大成
親の死を受け入れることは誰にとっても簡単ではありません。自分の親には「いつまでも生きていてほしい」-これは人として自然な気持ちです。老いて衰えて亡くなるのも自然です。もう助からないのであれば、「できるだけ楽に逝かせてあげたい」と思うはずなのに、しかし人は迷うのです。
「自分には無理な延命をしないでほしい」と望んでいながら親が老いて病気になると、医師の勧めに従って延命措置を受け入れてしまいます。その結果、胃ろうをつけ、寝たきりの人はかつて60万人いたのが、今は20万人に減ってはいるものの、中心静脈栄養や経鼻胃管という延命措置が行われ続けているのです。
最期の迎え方は、生き方の集大成。人生の下り坂に、命の時間より大切な生き方を見失わないこと、その方の持っている「安らかに命を閉じる力」に寄り添うこと、それを私は「平穏死」と呼んでいます。
老衰が進み、最期のときが近づくと人は食べたくなくなります。介護士が口に食べ物を入れてもなかなか飲み込まず、食事中うつむいて眠ってしまうことすらよくあります。こうなったらもう食べなくてもいいし、飲まなくてもいいのです。自然に逆らわなければ、眠って、眠って、静かに逝くことができるのです。そして、このような平穏な死を迎えた人の死に顔は、仏さまのように穏やかで美しい。