「車窓を撮るなら左側に座りなさい。ふぅむ、それがマッチベターだ」
前回のコラムでも紹介した、“マッチベター”が口グセのイスラエル国鉄職員。もうすぐ左手上方に、世界遺産に登録されている村の段々畑が見えてくるという。「一瞬だから見逃さないように」。延々と続く乾いた風景も、そろそろ見飽きていたころだ。ほこりっぽい窓にカメラを押し付けてじっと目を凝らす。
その世界遺産とは、パレスチナ西岸のバティール村の文化的景観。ローマ時代から続いているという灌漑農業の段々畑で、パレスチナ自治区内をイスラエルの国有鉄道が走っている。
車窓から見上げるより、段々畑を上から見下ろしたほうがこの土地のしくみがよくわかる。石を積み上げた手づくり感溢れる水路で、自然の湧き水を各畑に引き込んでいる。キンと冷えた水は透明で、この水のおかげでここでは有機農業にも取り組めるそうだ。
急斜面につくった小さな畑だから、機械は運べない。大きなかごを背負った農婦が、足首まであるぶ厚い生地の重たげなロングスカートをたくし上げ、腰をかがめて雑草をむしる。狭い通路の向こうからは、背中と両手いっぱいに収穫した野菜を抱えた初老の男がやって来た。パレスチナ人が大好きなカリフラワーだ。獲れたてのカリフラワーは生で食べられるそうで、ひと房おすそわけをいただく。シャクッとした歯触りが心地いい。とうもろこしにも似た甘味がほのかに感じられた。