軒先に提(さ)がった赤ちょうちんに誘われ、ちょっと一杯…。居酒屋といえば、仕事帰りのサラリーマンが立ち寄る憩いの場だが、瀟洒(しょうしゃ)なカフェが立ち並ぶ東京の恵比寿や三軒茶屋などでは、カップルのデートや女子会で利用される新しい居酒屋が流行っているという。その名も「ネオ居酒屋」。ポテトサラダや牛筋の煮込みといった大衆酒場の定番メニューもあり、価格帯もそれほど高いわけではない。何が若年層の女性客にウケているのか。
店構えは和テイストのパブ
ポテサラの旨い店は他の料理も旨い-。美食家でもあった芸術家の北大路魯山人は「器は料理の着物」という言葉を残したが、ポテサラは誰の言葉だったか。呑兵衛の上司から聞いた“格言”だったかもしれない。ともあれ、従来の居酒屋と何が違うのか。ネオ居酒屋の嚆矢(こうし)とされる「晩酌屋おじんじょ」(渋谷区恵比寿西)を訪ねた。
「大衆酒場ですから価格も普通の人が気軽に来られるように設定しました。オープン当初はお客さんから『恵比寿なのに安すぎる』と言われたほどです」
オーナーの高丸聖次さん(44)が振り返る。JR恵比寿駅前の繁華街から少し外れた路地裏に、26人で満席になる小さな店をオープンさせたのは7年前。当時はまだ、ネオ居酒屋という言葉も概念もなかったが、トレンド発信地の代官山からも徒歩10分弱という立地から「赤ちょうちんを付けず、女性が気軽に入れる店にしようとした」(高丸さん)という。
店構えは明らかに居酒屋と一線を画する。店名が染め抜かれた大きなのれんにスポットライトが当てられ、全面ガラスの仕切りからは無垢材がふんだんに使われた店内の様子がうかがえる。白熱灯に照らされたカウンター席も趣があり、意匠を凝らしたインテリアが目を引く。和テイストのパブといった佇(たたず)まいだ。
恵比寿駅から徒歩数分だが、スマートフォンの地図アプリを頼りにようやくたどり着いた。ありていに言えば、少し分かりづらい場所にある。表通りから一本わき道に入り、さらに細い路地に面しているのだ。
「ここは駅前に比べ家賃が半分だったのです。それに、こういう場所に店があれば、お客さんが彼氏や彼女、友人をお連れになったときに、『こんな店を知っているんだ』と自慢できるかなという思いもありました」と高丸さん。なるほど、「恵比寿の路地裏に、隠れた名店があるんだけど、今度一緒に行かない?」「へえ。行ってみたい!」という“需要”を企図したということか。
「こだわりすぎない」というこだわり
一枚板の立派なカウンター席に腰を掛け、レモンサワーとポテサラを注文した。笑顔で応じた美丈夫の店員によれば、6種のレモンサワーがあるといい、「シャリっと!!レモン酎」や「オヤジの麦レモン酎」などネーミングも独特。「普通のレモンサワーでいいんだよ!」とも思ったが、せっかくネオ居酒屋に来たのだから「ミント香るレモン酎」(税抜き500円)をお願いした。
SNS映えや奇を衒(てら)った飲み物というのは、見た目重視で味は二の次というイメージを持っていたが、偏見だった。さわやかなミントの香りが口中に広がり、炭酸の効いたサワーが渇いたのどを一気に潤す。レモンは高丸さんの故郷・広島の「瀬戸内レモン」。炭酸も強いものを使っているという。6種のレモンサワーは高丸さんやスタッフが試行錯誤の末に生み出した自信作だが、高丸さんは「大衆的な飲み物なので、こだわりすぎないということをコンセプトにしました」と胸を張る。