めげずに片っ端から回っているうち、とある老夫婦のお宅を訪問したときのことです。いまさら英語辞典でもないだろうと思い、「すみません、間違えました」とドアを閉めようとすると、「こんな寒い晩に何をしているの、さ、お茶でも飲んでいきなさい」と声をかけられ、百科事典を見つけると、「買ってあげよう」と。そんな情けをかけられてもおそらく無駄になるだけだと思い、「いえ、けっこうです」と申し上げました。すると「孫がたくさんいるから無駄にはならない」と即、購入していただきました。
◆心の分かる経営者に
足を棒にして地道に回り、1週間に1セットが売れれば最高でしたが、セールスの厳しさを心と体で受け止めたことと、もうひとつ分かったことがありました。その百科事典の会社のマネジャーは人を使うだけで、深夜に帰社してもねぎらいの言葉ひとつありませんでした。使われる立場の気持ちが分かる、そんな経営者に絶対になると誓いました。
3カ月で何とトップセールスになり、日製産業の下河辺社長や日産建設の北村社長様方に報告にいきましたら、すごく褒めてくれて、これなら会社をつくってもやれるだろうと太鼓判を押してくれました。条件はただひとつ。「現場の気持ちを忘れたらいけないよ」でした。
この経営者らとの出会いが、仕事の厳しさや人を使う責任感を、身をもって知ることになり、私の経営のバックボーンとなる貴重な出会いになりました。(聞き手 廣瀬千秋)