■セールス修業で現場の厳しさ実感
起業前に、日製産業(現・日立ハイテクノロジーズ)の下河辺三史社長や日産建設(現・りんかい日産建設)の北村洋二社長らそうそうたる経営者らに「仕事の厳しさを、まず身をもって経験してからでないと人を雇用する資格はない」と言われ、しかも一番難しい商品のセールスをするように、との指示です。
その経営者らが選んでくださったのが、英語版のエンサイクロペディア(百科事典)のセールスです。当時36万円もしました。分厚く三十数巻で、見る限り日本の家では置く場所がないような代物です。「お金をもうけるというのはどんなに厳しいことか、社員にやらせる前に、自分で実践してみなさい。3カ月たってその報告ができたらまた来なさい」との命令です。
◆農村で売り歩き
さっそく、その販売会社を訪ねると、常に販売員募集中ですから即採用です。マイクロバスに乗せられて、地方に連れて行かれました。都心は比較的、売れるので古手の販売員が自分たちのテリトリーとしているので、新人である私の担当は遠方の小さな町や農村でした。5万分の1の詳細な地図を渡されて、指定された地域をシラミつぶしに毎日売り歩きました。指示は「午後11時までに戻ってきてください」だけでした。
想像を絶する厳しさです。「36万円? 寝ぼけるんじゃない」「こんな時間に失礼だろ」。ほとんどが玄関払い。屈辱的な言葉の嵐です。男性の販売員でさえ音を上げて毎日のように辞めていきました。私は会社設立の日が目前に迫っていたので、ここでくじけてなんかいられません。夜、野犬もいっぱいいて、うなり声を上げながらついてきて怖かったけど、そんなことも言っていられません。あぜ道に足を滑らせて泥だらけになって、訪問先で「そんな事典には関心ないけど、風呂場で足を洗ってきな」と言ってくださる人も。