◆伯父とオフィス通い
荻窪時代、幼心に焼き付いた光景がもう一つ。毎朝、坂を上り切ったところまで、伯父の出勤を見送っていましたが、天気の良い日は、その坂の上から松林越しに富士山がきれいに見えました。
伯父が見えなくなると、わんわん泣きながら坂を下りて家に戻る、その途中に、お花をとってくれたり、変な犬の漫画を描いてくれたりするおじさまがいて、やっぱり仲良しになりました。この方も後に、漫画「のらくろ」で一世を風靡(ふうび)した田河水泡さんだったと分かりました。
私があまり泣くので、伯父は時折、私を連れて出勤するようになりました。今でいう“イクメン”第1号です。確か東京駅近くのビルだったと思います。会社の中央に螺旋(らせん)型の階段があり、歌を歌いながらお姫さま気取りで階段を下りてきました。社員のお兄さんたちがそっと拍手をしてくれたりして、オフィス通いもすっかり気に入りました。伯父は日曜日も私を連れてお得意先回りをしていました。お得意さまのご夫妻にもとてもかわいがられ、上野動物園などあちこちにも連れていっていただきました。
幼かったあの時代、伯父のおかげで素晴らしい人たちと出会い、かけがえのない経験をさせてもらいました。もしかしたら、そんな体験が、ビジネスを身近に捉え、臆することなく見知らぬ世界に挑戦する生き方に私を引き込んでくれたのかもしれません。まさに三つ子の魂ですね。(聞き手 廣瀬千秋)