土田:その視点を、建築の現場でどのように活用していくのでしょうか?
谷尻:例えば、ほとんどの家具を自作している施主の方に向けて、住む人自身が完成させていく住宅を設計しました。一部は窓が付いていないなど、未完成の状態で引き渡したところ、喜々として自分好みの空間作りを楽しんでいただいています。住宅は数十年間にわたって機能するものである以上、住む人の個性に応じて、それぞれに違う建築のあり方があってもいい。このように、形ではなく考え方を設計する姿勢が最も重要だと考えています。
土田:まさに発想の転換ですね。作品集『1000%の建築~僕は勘違いしながら生きてきた』を拝見して、建築作品が掲載されていないことに驚きました。
谷尻:建築に興味のない人が手に取ってくれる方法を考えたら、“建築家の考え方”を表現したものになりました。世の中の価値観を拡張する提案こそが、建築家の役割のはず。メジャーリーグの野茂英雄選手のように、誰もやっていなかった壁を越えることが、次の常識になっていくわけですから。その“妄想”をしなくなったが最後、クリエーターとして価値がなくなると常に自分に言い聞かせています。
土田:あれこれ妄想することが、創造の源泉になるわけですね。広島の事務所に各界で活躍するクリエーターを招き、トークや演奏会などのイベントを開催されているのも、その一環でしょうか?
谷尻:僕が出会った刺激的な人々をスタッフや地元の人々にも会わせたいと考えたのが、最初のきっかけです。同じ空間でもトークをすればイベントスペースに、食事を振る舞えばレストランになるように、何かを作らずとも行為だけで空間を変えることができるという、空間実験の試みでもあります。