(上)郵政民営化10年 聖域の郵便局、収益改善の足かせに

郵政の苦闘 民営化10年
ぬかびら源泉郷郵便局では、手湯を設置して集客を図っているが利用者はまばらだ=22日、北海道上士幌町

 ■ユニバーサルサービス維持と収益力の両立模索

 郵政事業が民営化されてから10月1日で10年。国の事業を民間の競争に委ねて業務効率化やサービス向上につなげる狙いだったが、現実の姿は異なる。今も政府が過半の株式を保有し、効率化は思ったように進んでいない。人口減少などで事業環境は厳しく、成長戦略の展望も描ききれずにいる。

 地域住民に不可欠

 2000メートル級の山々が連なり、エゾライチョウなど貴重な動植物が生息していることで知られる大雪山国立公園。その中に、職員2人で運営している「ぬかびら源泉郷郵便局」(北海道上士幌(かみしほろ)町)がある。同郵便局がユニークなのは、温泉が玄関に引かれ、足湯ならぬ「手湯」が設置されていることだ。秋から冬にかけては冷え込みが厳しく、観光客や長距離トラックの運転手が顔を洗いに立ち寄る“オアシス”になっている。公園内だけに、周囲に住んでいる人は少ない。点在する旅館の関係者くらいで、1日に訪れるお客は5人程度という。手湯を設置したアイデアマンである渥美岳哉局長も「観光客向けに切手が売れないと厳しい」と打ち明ける。

 一方で、周りにはコンビニエンスストアもなく、住民には欠かせない生活のインフラといえる。旅館を営む中村健次さん(40)は「祭りで切手を売りに来てくれるなど、郵便局と地域の関係は深いよ」と語る。

 ビジネスとしては成り立たなくても、周辺住民には欠かせない-。2007年の郵政民営化から10年がたっても、郵便局をめぐる環境は変わらない。日本郵便などは、全国の利用者に一律の「ユニバーサルサービス」を提供することが義務づけられているからだ。日本郵便の親会社、日本郵政の長門正貢社長は「セブン-イレブンはもうかる場所にしかないが、郵便局は違う。僻地(へきち)・離島でも置くのがわれわれの使命だ」と話す。

 1873億円のコスト

 だが、日本郵政は15年11月に株式公開を果たした上場企業。株主に対して利益を最大化する責任を負っている。その側面からみると、ユニバーサルサービスは利益を下押しするコスト要因でもある。総務省が同サービスの13年度のコストを試算したところ、郵便役務だけで1873億円という巨額になった。

 また、普通企業なら、売り上げが伸びなければコストを減らして利益を出す。例えば、展開する店舗や事業所の統廃合だ。しかし、日本郵便にとって、郵便局は“聖域”に近い存在だ。 郵便局数は今年8月末時点で2万4052と、10年前の2万4540から2%しか減っていない。長門社長は「お客さまに支障がなく、経済効果があると説明できるという前提において、首都圏で近接している局などを対象に(統廃合の)議論はあり得る」との立場だが、検討はなかなか進まない。自民党の有力な支持基盤である全国郵便局長会との調整など政治家の説得という高いハードルがあるからだ。

 ■業績改善へ地道な取り組み徹底

 そこで、日本郵便がとっているのが、地道な収益改善の取り組みだ。6月のはがき値上げに続いて、来年3月からは「ゆうパック」の値上げにも踏み切る。

 人件費削減に向けては、首都圏で宅配ロッカーなど約6000カ所で受け取れる態勢を整えるほか、再配達削減協力者へのポイント付与も行う。

 ふるさと納税の返礼品人気の恩恵を受けて、上士幌町の「上士幌郵便局」では、自治体やふるさと納税事業者との関係づくりに注力した結果、「返礼品を郵送する料金収入などで年間の局の売り上げが一気に3倍に増えた」(近藤岳男局長)という。

 ただ、はがきの値上げは300億円、ゆうパックでは80億円の増収効果にとどまる。高齢者の「みまもりサービス」では、タブレット端末500万台を全国に配布する構想を打ち出していたが、撤回した。全国の郵便局員がタブレットで高齢者の健康状態を遠くの家族に送信するという現実的な手法に切り替えるなど、事業縮小を余儀なくされた。

 「ユニバーサルサービスの維持と収益力強化の両立は“狭い道”だが、矛盾ではない。やれることをコツコツやる」。長門社長の言葉通り、日本郵便の業績改善に近道はない。