「そういう問題じゃない!」更迭におわす国交省に怒り JR貨物社長が固めた決意

被災地へ 石油列車
東日本大震災の際にJR貨物社長だった小林正明特別顧問=東京都渋谷区のJR貨物本社

 計画停電対策に奔走 下地つくる

 東日本震災発生から数日後の早朝、JR貨物の小林正明社長(現特別顧問)の電話が鳴った。相手は国土交通省鉄道局の幹部。「官邸の緊急災害対策本部で被災地の石油不足が議題になっている。被災程度の軽い線路をつないでいけば、石油が運べるんじゃないかという提案もある。検討してくれないか」。断片的な情報しかない中、要請に小林社長は「即答はできません。少し時間をください」と返答した。

 更迭におわせて

 JR貨物は旅客会社から線路などのインフラを借りて運行している。線路の傷み具合や復旧日程もわからない。石油専用の貨車がどこにあるのかも確認に時間がかかる。部下に情報収集を指示したものの、石油が運べるのか、見当はつかなった。

 数時間後、再び国交省から電話が入る。「検討はしましたか」

 小林社長は苦笑した。「重量のある石油列車を走らせられるか、被災状況も含め線路の確認、さらに運行シミュレーションに1カ月はかかる。即答はできませんよ。国交省の決めた安全規定もありますし」

 「できないことはないでしょう。鉄道はつながっているんですから」と国交省側は食い下がる。そんな押し問答が続くうちに、業を煮やした国交省側は小林社長の更迭論をにおわせた。

 「そういう問題じゃないだろう」と怒鳴りたいのを抑えながら、小林社長は「責任を持った答えが今はできません。こっちだって被災地の役に立ちたいんです。ベストは尽くします」そういって受話器を置いた。

 いったん自宅に戻り、入浴していた小林社長は再び電話に呼び出された。相手は経済産業省資源エネルギー庁の審議官。「ガソリンがなくて被災地では救急車もパトカーも動かせない状態です。なんとか石油を運んでもらえませんか」。通常、監督官庁以外の官僚から直接連絡が入ることはない。それだけに事態の深刻さを感じずにはいられなかった。

 正式の運行指示

 被災地の石油不足に、政府の対応は後手に回っていた。当時の海江田万里経済産業相が資源エネルギー庁幹部から石油不足を伝えられたのは13日夜。同日、計画停電についての発表を終えた後、資源エネ庁幹部が海江田氏に「被災地でガソリンが絶対的に足りません」と耳打ちした。

 石油元売り業界を所管する経産省だが、石油製品の在庫情報は把握できていなかったという。2002年に石油業法が廃止されたことで、業界からの報告が減ったことも大きかった。

 海江田経産相が被災地に石油を送る総合的な計画案を発表したのは17日。それまでは政府と民間の水面下の交渉が続いていたわけだ。

 JR貨物の指令室に顔を出した小林社長は、不眠不休で働く社員をねぎらいつつ、被災地への石油列車運行の可能性を打診してみた。

 できない理由はたくさんある。難しいという反応が大勢を占めた。計画停電の影響も大きい。否定的な意見に小林社長は「やってみなければわからないじゃないか」と思わず声を荒らげた。小林社長のなかでは石油列車の運行へ決意が固まりつつあった。

 小林社長は個人的な情報網を駆使して計画停電の情報を収集。JR旅客会社の幹部らとともに鉄道を計画停電の対象から外す交渉に奔走し、石油輸送の下地を整えた。そして、異常時対策に取り組む指令室に正式に被災地向け臨時石油列車の運行指示が届く。指令室長の安田晴彦さんは14日夜、「コンテナを捨てたわけではないが、今は石油を優先するぞ」と号令を発した。

 ただ、運ぶべき石油はどこにあるのか、タンク貨車は手配できるのか。輸送実現には不確かなことばかりだった。