6人死亡イケアのたんす 「日本では回収せず」に広がる不安、専門家からも疑問相次ぐ

 
米消費者製品安全委員会は、子供が転倒したたんすの下敷きになる様子を再現した=6月28日、米ワシントン(AP)

 安価でおしゃれとして人気のスウェーデン家具大手、イケアのたんすが転倒し子供が死傷する事故が相次ぎ、同社が北米でリコール(回収・無償修理)した問題で、国内の消費者にも不安が広がっている。国内には家庭向け家具の安全基準がなく、品質管理は企業側の自主性に委ねられているのが実情で、不備が露呈した格好でもある。国内メーカーには安全基準を見直す動きも出ている。(玉崎栄次、油原聡子、中井なつみ)

■北米で子供6人が死亡 たんすの下敷きに…

 米消費者製品安全委員会(CPSC)は6月28日、イケアが「MALM」などの商品名で米国とカナダで販売したたんすなど3560万個のリコールを発表した。

 2014年2月にペンシルベニア州の男児(2)が倒れてきた6段たんすとベッドの間に挟まれ死亡。その4カ月後には、ワシントン州の男児(1)が3段たんすの下敷きになり亡くなっている。1989~2016年にかけ、6人の子供が死亡している。

 たんすの説明書には、留め具で壁に固定して使うよう求めており、固定しなければ倒れる恐れがあるとしていた。

 CPSCはこれらの製品について、「米国の業界自主規制に合致していない」としているが、日本で流通する対象商品についてイケア・ジャパンは、「回収予定はない」としている。

■家具には法定基準なく 安全対策はメーカーで

 製品の欠陥で利用者が死亡するなど重大事故が発生した際、国はメーカー側に回収命令や行政指導を行う。しかし、今回、経済産業省は「すぐに人命が危険にさらされるなどのリスクは少ない」として静観する構えだ。

 消費者庁も「たんすなどの家具はイケア製に限らず、子供が上るなどすれば転倒する危険がある」と注意を呼びかけるに留まっている。

 薬や自動車などを除く生活用品をめぐるリコールは、安全性の不備を察知して企業側が自発的に回収に乗り出す場合と、重大事故などの発生を受けて国が法令に基づき回収命令を出すケースがある。

 国内で流通する製品について、法的な強制力がある安全基準は、消費生活用製品安全法など4つの法律に基づく基準のみ。対象は電気・ガス製品やベビーベッド、ライターなど491品目に限られ、過去に死亡事故が起こるなどした製品に限られる。「国が全ての製品に安全基準を設けることは難しく、各社に安全性を確保を求めていく」(経産省)との考えから、家庭向け家具に法定基準はない。

■任意の基準も適応難しく…

 メーカー側が任意に第三者機関で審査を受け、安全性の認証を得るケースもあるが、家庭向け家具を対象にした基準は普及していない。

 工業製品の安全性や互換性などを確保するための基準である「日本工業規格(JIS)」の安全基準は、企業や学校などで使う画一的なオフィス家具が主な対象。

 一定の安全基準を満たした製品に表示される「SGマーク」を認証する財団法人製品安全協会は「子供用たんす」の基準を設けているものの、昭和59年にまとめられたもので「内容が古く、現在はほとんど適用されていない」(同協会)。家具メーカーでつくる日本家具産業振興会も業界として独自の基準を設けていない。

■ニトリは自社基準の厳格化を検討

 家庭用の家具については、メーカー各社が自主的に安全性を確認しているのが現状だ。家具量販大手、ニトリは転倒事故を防ぐため、高さ1メートル以上の家具に転倒防止用の固定金具を付属し、販売時に店員が取り付けを促している。イケアのリコール対象に高さ1メートル未満の製品が含まれていたため、ニトリは自社基準の厳格化も検討しているという。設計段階で家具を台形に近い形にし、重心を下げるなど倒れにくくする工夫もしている。

 家具大手、大塚家具は独自基準に従い、安定性や構造など最大26項目の品質確認をしている。「たんすの扉や引き出しを全て開け、その際に、転倒しないかどうかも確認している」(同社広報)

■過去にもリコールや事故相次ぐ

 イケアの製品は国内でもリコールや事故が相次いでいる。6月には、乳幼児用安全柵の鍵がきちんとかからず、子供がけがをする恐れがあるとして自主回収。平成26年9月には、天井などからぶら下げる形の子供用ブランコの部品が同社の品質基準を満たさないことが判明し、使用中止を呼びかけている。24年11月にも、乳幼児用ベッドの組み立て説明書に誤りが判明。けがをする恐れがある使用法を掲載していたとして、修正版の説明書を発表した。20年4月には、整理だんす組み立て中にねじが破損し、男性が目にけがをする事故が発生し、経産省から行政指導を受けている。

 イケアなど量販店で販売される家具には、コストを抑えるため、説明書を使って購入者自身に組み立てさせる製品が多い。東京都内で家具販売店を営む男性(52)は「素人の技量で組み立てられる製品であるため、簡素な構造になっているケースも多く、耐久性が低い場合もある」と指摘する。

■専門家「信用失えばブランド失墜する」

 イケア側は北米でリコール対象となったたんすについて「説明書通りに組み立てて使ってもらえば、安全上の問題はない」として、国内ではリコールしない方針。北米でリコール対象となった商品を含め、家具の購入者が店頭などに申し出れば、固定用具を無料提供するとしているが、国内向けに周知する予定はないという。

 こうした対応について、公益社団法人日本消費生活アドバイザー・コンサルタント・相談員協会の釘宮悦子理事は「日本の消費者も不安になっている。安全に使うための対策などを迅速に情報提供するべき」と指摘する。

 企業コンプライアンス(法令順守)に詳しい関西大の森岡孝二名誉教授(企業社会論)は「同じ製品なら国内でも同様の事故が今後発生するリスクがある。北米だけの問題で、国内の消費者は無関係と判断しているとすれば、甘いといわざるを得ない。信用を失えば、ブランドは失墜し、長期的に市場を失う」と話している。