東芝次期会長に不正会計で「グレー判定」の人物 なぜ?異論噴出は承知の上

 
記者会見する東芝の綱川智副社長(左)と志賀重範副社長(中央)と室町正志社長=5月6日午後、東京都港区

 経営再建中の東芝が次期会長に志賀重範副社長を昇格させることに、疑問の声がわき上がっている。志賀氏は不正会計を招いた原因とされる米原発子会社ウェスチングハウス(WH)の会長を務めた人物。それゆえ、役員責任調査委員会から関与者として認定されており、グレーな人物とみられているためだ。6月22日に開催される株主総会で社長と会長を刷新し、“新生東芝”をアピールしたいところだが、株主から人事に異論が噴き出る可能性がある。

 「若干グレーと思われ方もあるが、グローバルな実績、国策的な事業を行ううえで余人をもって代え難く、そちらを重く見た」

 5月6日に開かれた新社長就任会見で、志賀氏の会長昇格の理由について、小林喜光指名委員長(三菱ケミカルホールディングス会長)はこう語った。加えて「官庁や電力会社と折衝する際、副社長よりも会長職の方がよく、就任をお願いした」と説明した。

 実はメディア関係者の間では、脛に傷を持つ志賀氏の昇格はないとみられていた。不正会計の原因を作ったとされるWHに深く関与していたためだ。昨年11月に発表した役員調査委員会の報告書で、善管注意義務違反は認定されなかったが、関与者として名前がしっかり挙がっていた。

 さらに一部経済誌が昨年11月に2012年度と13年度にWHが行っていた減損をスクープしたが、当時の会長が志賀氏だった。それまで東芝はWHの減損処理を公表せず、記者やアナリストらに業績は安定していると説明し、本体で減損処理を行わなかった。

 東芝は06年にWHを約6000億円で買収したが、通常の相場よりもかなり高値で手に入れた。原発の新規受注を見込んでの買収だったが、11年3月の東日本大震災の福島第一原発事故の影響で目算が狂った。

 そして、東芝が不正会計に手を染めたのは福島第一原発事故以降で、当時の経営陣はWHの買収が経営に重くのしかかり、「チャレンジ」と称し、他部門に無理な要求を始めたとみられる。WHは不正会計の元凶とされており、一部メディアは会長だった志賀氏も減損隠しに関与していたのではないかと指摘している。

 こうした見方はメディアだけではない。役員調査委員会で関与者として認定されており、東芝の多くの関係者からも責任を問う声が出ているようだ。不正会計で会社を去った元役員も志賀氏の昇格について「まさか会長になれるとは思わなかった」というほどのサプライズ人事だった。

 一方の志賀氏は5月6日の記者会見で、WHの不正会計の関与者とされていることを記者に問われ、「当時の役割、責任の中できちんと対処した」とコメントした。

 今回の人事は、社外取締役5人で構成する指名委員会が決定。複数の候補者を絞り、複数回にわたって選定作業を進めてきた。役員を決めた最後の指名委員会では「志賀氏の会長昇格は誰からも異論がなかった」(東芝関係者)。グレーな人物であることは5人の社外取締役も十分に認識しており、メディアから「責任をとってけじめをつけるべきだ」と異論が出ることも承知の上で決めたようだ。

 すんなり志賀氏の会長昇格が決まった背景には、国策でもある原発事業を展開するうえで、同事業に精通している志賀氏の存在がどうしても欠かせないと判断したのが大きいという。

 その一つに福島第一原発の問題がある。廃炉まで40年もかかり、その作業は主に東芝と日立製作所が担当している。この事情をよく理解し、対応している志賀氏を経営の中枢から外したくないとの意向が働いた。

 また、東芝は成長性の高い東芝メディカルを売却し、収益の柱がない中で、原発事業を成長ドライバーとして経営再建を果たしたいという考えが根強くある。福島第一原発の事故以降、新規建設が止まっているが、現実的には原発を活用しなければ、今後の環境規制にも対応できない。東芝としては現状の受注環境は厳しいが、将来的なニーズは十分あるとみているのだ。

 国内では東芝と日立、三菱重工業の3社が原発技術を保有している。原発は高度な技術が必要とされ、簡単にほかの会社が行うことはできず、代わりがきかない。仮に東芝が経営破綻すれば、原発の技術者が海外に流出する恐れもあり、国防上の問題にもなりかねない。

 そして、東芝の厳しい経営状況をみてなのか、経済産業省が国内の原発メーカー3社の再編を模索しているとの観測も出ており、東芝の原発事業の重要性は以前にも増して高まっている。

 原発事業のエースとして東芝を牽引してきた志賀氏は不正会計の発覚前から将来の社長候補と目されてきた。指名委員会は国内外の官公庁や電力会社に人脈が豊富な志賀氏を会長職に据えた方がよいと判断した。

 しかし、志賀氏の会長昇格には代償もある。新社長には医療部門出身でクリーンな綱川智副社長を昇格させたが、グレーな志賀氏を会長に引き上げたことで、“新生東芝”のイメージが薄れてしまったのは否めない。

 いずれにしろ、22日に開催される株主総会では志賀氏の会長昇格の評価が問われることになる。昨年9月末に開催した臨時株主総会では、株主による取締役信任で、室町正志社長に対する賛成票率は約76%で株主の4人に1人が反対した。不正会計問題が起きた当時も社外取締役だった伊丹敬之東京理科大教授は約67%と株主から厳しい数字を突きつけられた。

 「国策優先か」、それとも、「けじめを重んじるのか」。今回、指名委員会は多少の代償を払っても国策を優先させた。どちらが正しい選択なのか。株主がグレーな志賀氏の会長昇格をどう判断するのか、行方が注目されている。(黄金崎元)