“花道”なく後継者はイバラの道 関電、逆風下での社長交代
関西電力が社長交代を発表した。ようやく高浜原子力発電所3、4号機(福井県)を再稼働したが、大津地裁が運転を差し止める仮処分を認めたことで停止。火力に比べ発電コストの安い原発の再稼働で電気料金を値下げし、4月スタートの電力小売り全面自由化で競争力を強化する戦略が崩壊した逆風下での交代となる。八木誠社長(66)には「引責」と言われかねないタイミングだったが、「競争時代を新しい経営体制で臨む」と強行した。次期社長の岩根茂樹副社長(62)には並大抵でない経営課題が待ち受ける。(中島高幸)
崩れたシナリオ
「迷わなかったといえば嘘になる」
3月28日、大阪市北区の関電本店で開かれた記者会見で、相談役に退く森詳介会長(75)は、思わず本音を漏らした。
3月9日、大津地裁が高浜3、4号機の運転を差し止める仮処分を決定し、再び稼働原発がゼロになるなど経営環境が悪化したことで社長交代を躊躇(ちゅうちょ)した複雑な胸中を明かした。
新電力や他の大手電力が入り乱れた競争に突入する電力小売り全面自由化に向けた関電の戦略は、火力に比べ発電コストの安い原発の再稼働があってこそだった。実際、今年1月には高浜3号機が再稼働、4号機も一度はトラブルで停止したが、再稼働に向けた準備を進めていた。
高浜3、4号機が動けば月100億円の火力燃料費が圧縮できるため、その分を原資に5月から電気料金を値下げする方針だった。大飯3、4号機などが再稼働すれば、さらに値下げする余地が増えて価格競争力をさらに強化。稼働原発ゼロ状態では、もともと総発電量に占める原発の比率が5割超と業界平均の3割程度より高かったことが経営を圧迫していたが、再稼働してしまえば強みになるはずだった。
平成28年3月期連結決算で5年ぶりの最終黒字を確保できる見込みも立った。5月からの電気料金の値下げを宣言して利用者をひきつけ、株主への復配や社員のボーナス復活も視野に入れるなど八木社長の“花道”を用意し、満を持して次期社長に引き継ぐ-。こんなシナリオを描いていた。
ところが大津地裁が高浜3、4号機の運転を差し止める仮処分を認める判断を下したことでシナリオは崩れた。関電は大津地裁に異議と運転差し止めの執行停止を申し立てているが、決定を覆さない限り再稼働できない。電気料金の値下げは宣言した2週間後に撤回、株主への復配や社員のボーナス復活の見通しも立たなくなった。
経営判断のミスなどではなく、あくまで司法判断の結果だ。それでも経営環境に逆風が吹き荒れ、花道どころか、経営責任を問われかねない局面に暗転した。
背景は人事の停滞
この難局を乗り越えるためには森会長、八木社長の経営体制をあと1年続けるという選択肢はあり得たといい、森会長は「若干そのような思いが頭をよぎったが、仮に今の体制で続けたとしても、そう長くはできるわけではない」と打ち明けた。
いまの関電の社長の任期に内規などはとくにない。最長11年にわたって務めたケースはあるが、近年は5年程度で交代している。八木社長は22年の就任から6年近くが経ち、社長在任が長期化するとともに「社内の部長級くらいまでの人事が滞留していた」(関電関係者)と言われている。
22年に社長を退いた森会長も25年ごろから次期社長に経営を引き継ぐタイミングを常に探っていたというが、「高浜3、4号機の再稼働はいよいよバトンを渡すいいタイミングと思っていたのだが…」と話す。
ある関電以外の財界幹部は「もし自分の会社が同じ状況なら社長交代どころではない」と疑問視する。このタイミングで社長を交代すれば、八木社長の引責とも受け取られかねない側面もあったからだ。
ただ、森会長は引責などの見方を否定し、「新たに競争時代には新しい経営体制で臨むのが最も良いと決断した」と強調した。
問われる手腕
「電力自由化になると利用者の声にスピーディーに対応し、即断即決する必要がある。変わり続ける決断をいかにするかだ」
次期社長の岩根副社長はこう語った。
新電力や他地域から越境してくる大手電力は関電より安い料金プランを提示している。価格競争が激化するなか、電気料金を値下げできる切り札だった「原発の再稼働」が封じられたことで関電から顧客流出が加速することが予想される。
岩根副社長は「分野やエリアにこだわらず、いろいろな企業と一歩踏み込んだアライアンス(提携)を走りながら考えていきたい」と述べ、新サービスの導入も検討するという。
森会長、八木社長と技術畑出身の社長が2代続いたが、次期社長の岩根副社長は経営企画畑が長く、社内外に豊富な人脈があるのが強みといわれる。岩根副社長を抜擢した理由は「環境変化の激しい時代に対応できる柔軟性とリーダーシップがある」(森会長)からだという。
ただ、次期社長には困難な課題が待ち構えている。仮処分決定に対して、関電は大津地裁に異議を申し立て、弁護団を8人から11人に増強。主張や立証の資料を分かりやすく改めて再構成した理由補充書を提出したという。しかし異議審を担当するのは仮処分を決定した同じ裁判長で、判断を覆すのは容易ではない。
原子力規制委員会への対応にも迫られている。高浜1、2号機は特例で認められた7月7日の期限までに運転延長審査など残りの手続きを終えなければ廃炉になる可能性がある。美浜3号機も審査が滞り、原則40年の運転期限となる11月末に期限切れとなる恐れもある。
6月の株主総会後の取締役会で正式に就任する岩根副社長が挑む課題は重く、一刻の猶予もない。その手腕が問われる局面だ。
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