バッテリーの問題だろうと近所の見知らぬ家を訪ね、クルマを出してくれるように頼んだ。しかしながらトラブルの原因はバッテリーではなかった。
そこで頼ったのが、レンタカーを手配してもらった旅行代理店だった。
旅行代理店の人はぼくの事情を把握し、次のような返事を一発でくれた。
「よし、分かった。ミラノから迎えのクルマを手配する」
そうして2時間以上の距離を走って高級車のハイヤーが山奥までやってきた。大手のレンタカー会社を相手にぼくが交渉しても叶わない離れ業だった。この時ほど法人と法人の取引を感謝したことはない。
こうした数々の経験から、オンラインをそれなりに使いながらも、面倒がおきるとコストや手間がかかると想定される場合、極力、顧客として重要であろう法人をかませるようにしている。大きな組織が一個人よりも大切な法人客を優先するのは、哀しいかな、受け入れざるを得ない現実だ。
インターネットの普及により個人のパワーが万能感をもつかのような台詞がよくある。これまで情報の非対称によって成立していた多くの営みが、インターネットによってその非対称が崩れたことで、ガラス張りになったためだ。
そして形式上は一対一と思わせる仕組みもなじみができてきた。ぼくもイタリアの銀行とのやり取りは、自分のアカウント内でのチャットを利用するのが普通だ。
しかし一対一は、あるシーンでは機能し、あるシーンでは機能しない。冒頭の労組への加入増がよい例だ。