アントニオがジュエリー作家になろうと思ったのは、父親が中世の建物の壁を崩して古い釘を沢山仕入れてきたときだ。アントニオはそれらの釘を二分割し、金を使って作品を作った。そうしたら、ジュエリーとして売れに売れた。この経験が方向を決定づけた。
自分のオリジナリティーは、古いセメントや鉄あるいはレンガというムラトーレが扱う素材にあると自覚した彼は、その後、「ムラトーレのジュエリー作家」と称するようになる。
もちろんダイヤもふんだんに使う。ただ、いわば「無難な売れ筋」にあるデザインにダイヤを使うだけでなく、彫刻としか見えないような大ぶりの指輪に、そっとダイヤが置かれていたりする。
そして彼の作品の不思議で魅力的なところは、テーブルに置かれていると大ぶりに見えるにも関わらず、指に嵌めるととてもバランスがとれている。
アントニオにどんな勉強をしてきたのか?と聞いてみた。
「14歳から働きながら、夜間の職業学校でジュエリーをやるうえで基礎的な技術や地質学も学んだ。一方、ある時からコンテンポラリーアートの作家などもよく研究するようになった」
ああ、やっぱり。そう思って周囲を見渡すと、部屋の隅に1メートル以上の高さの彫刻があるのに気づく。
「あれ、あなたの作品? 趣味で?」
「そう、趣味でもあるけど、売ってもいる」
これで合点がいった。彼の「たまたま」ジュエリー作家になった背景の全容が見えてきた。
そこで、ぼくは脈絡なく、「あなたの朝は早いでしょう?」と聞いた。身体をよく動かすこのような人は、早朝から何かをする習慣がある場合が多い。
案の定、早朝からジョギングや自転車で汗をかくのが好きらしい。冬の週末は山のセカンドハウスを拠点にスキーに余念がない。