これらの仕事は、華やかに見える。一方で、客室の清掃をする客室係(ハウスメイドやルームメイドという。彼らの管理者をハウスキーパーと呼ぶ)、電気系統や家具類の修理を担当するスタッフ、電話のオペレーターなどは、大切な部門ではあるが、顧客と直接する機会が少ないため、裏方の業務と言える。裏方の一員にホテルのパブリックスペース(ロビーや通路、エレベーターホールなど)や化粧室(トイレ)を清掃するスタッフがいる。
語りつがれる首相のエピソード
一流と呼ばれるホテルの化粧室には、ペーパータオルはもとより、ハンドタオルも用意されている。宴会場やロビーに隣接する化粧室は利用者が多く、清掃係が頻繁に掃除をしていても、洗面台の多くはすぐに水浸しになる。激動の昭和に外務大臣から総理大臣まで務めた吉田茂という人がいた。吉田氏が洗面所で手を洗った後、洗面台に飛び跳ねていた水滴を見て、自分のハンカチを取り出して拭いた。ホテルのスタッフが清掃係を呼ぼうとしたところ、吉田氏は「洗面所を使い、手を洗った後に、自ら洗面台を拭くのは当然だと考える常連客がいることこそ、一流ホテルかどうかを判断する証ではないだろうか」と答えたという。上質な服を身にまとい、高級車に乗ってホテルを利用しようと、こうした対応ができなければ一流の顧客とは呼べない、と指摘したわけだ。また、お金を払えば何をしても許されると勘違いしている人間への戒めでもある。
「君の仕事は、とても大切な仕事です」
外資系5つ星ホテルの洗面所をある経営者が利用した折、いつものように手を洗った後、ペーパータオルで洗面台を拭いた。そのとき、隣に若い男性の清掃係が掃除をしていた。多くの客は、彼に気にとめることなく出て行ってしまうが、その経営者は、声を掛けた。