ブランドウォッチング

ロングセラーの秘密は異彩を放つ「和」の個性 「あずきバー」

秋月涼佑

 例年にも増して猛烈な暑さと感じた今年の夏も、列島を縦断した大雨の後には一気に残暑モードに移行したようで、季節の移ろいと言えば素敵なものの、ともなう気候の苛酷さはやはり深刻、切実という他ないものでもありました。そんな四季折々と付き合ってきた日本人ですが、季節の厳しさを嘆いてばかりでも始まらず、そこは先人の知恵で、それぞれの季節をささやかながらも快適に過ごすための工夫が繊細に積み上げられてきたわけです。

 特に夏と言えば、風鈴、花火、うちわ、素麺、スイカ、浴衣など風物詩に事欠かず、日本で生活する者ならば誰もが各々の心象風景が鮮明な季節に違いありません。そんな中でもひときわ豊かな夏の楽しみと言えば、氷菓子、アイスクリームなどではないでしょうか。

 なんと氷に甘味をかけたものが、古くは「枕草子」に「削り氷(けずりひ)」という名前で登場しているというのですから、生半可な年季ではありません。しかも当時の氷は大変貴重で、『冬の間に天然の氷を切り出して、山の麓の穴倉や洞窟の奥に作った「氷室(ひむろ)」という貯蔵施設に保存し、夏に氷を切り出して都に運ばせ』ていたそうです、それほどの工夫をしてでも盛夏に一服の涼を得る価値は古今東西変わらないということかもしれません。(和楽web)

■日本の夏に一本のアイスバーのありがたさ

 それにしても現代日本のありがたさは、高貴ならぬ身とて手のひらのに数枚のコインかスマホにいくばくかのチャージがあれば思いついた時に、コンビニエンスストアの冷蔵ケースのあふれんばかりの冷たいお菓子を選り取り見取りできることです。

 実際に、今回の東京2020オリンピックでも訪日した各国の記者たちも日本のコンビニエンスストアが大いに気に入ったようで、記事やSNSでその商品の豊富さや美味しさをたたえる記事が多く紹介されていましたが、中でも「チョコモナカ」など日本ならではの「アイス製品」のおいしさを“発見”したというはリポートには「ついに見つかってしまったか」などと多くのコメントがつき盛り上がってもいました。

 人間とはやっかいな生き物で、どんなに豊かな生活を送っていても、隣の誰かよりも更に上回らないとなかなか満足しないという性質も持っているとも聞きますが、少なくとも暑い盛りに一本のアイスバーを食べる幸福度の絶対値はなかなかの高水準と言えるのではないでしょうか。

 さてあらためてコンビニエンスストアの冷蔵ケースを眺めてみますと、文字通り色とりどりの商品群に圧倒されます。アイスバーにカップ型が多いですが、ボトルやチューブ形状のアイスも散見されます。製品自体も乳製品としてのマイルドさが売りのアイスクリームタイプから、氷の切れ味で勝負する氷菓子スタイル、さらには両方の食感を楽しめる製品など、これまた本当に様々です。

 それにしても、このアイス・氷菓子のカテゴリー各社の営々たる企業努力で安定的に売上を伸ばし5000億円という小さくない市場を構築しているとは、今さらながら数字を見ると驚かされます。(一般社団法人日本アイスクリーム協会 )

■フルーツカラー、原色の中で異彩を放つ「あずきバー」

 さて、そんな見ているだけで楽しいアイスクリーム冷蔵ケースのメンバー達の中でも、いつも気になるのが一見地味にも見える「あずきバー」なのです。もちろん逐次のマイナーチェンジが施されてはいますが、このパッケージを多くの人が、子供時代からアイスケースで見てきたはず。さもありなん1973年以来、実に発売50年近くになる製品ということです。

 アイス界には「雪見だいふく」など、日本的要素を取り入れた製品はままありますが、あずきという和菓子を代表する材料をストレートに表現したポジショニングはずばり「和」。カラースキームもあずき自然の色味を感じさせる、淡い"あずき色"です。フルーツカラーの原色が入り乱れるアイスケースで逆に斬新さを感じるのです。

 そもそも、もはや、和菓子を日常的に食べる時代でもないにも関わらず、「あずきバー」の売上は常に上位を争うと言われています。(カロミル食生活実態調査 )

 食べてみれば、誰もが衝撃を感じる尋常ではない硬さ。何でも、サファイアを超える硬度があるという都市伝説もあるくらいです。その硬さも、本物のあずきをまんべんなく固めるために必要な製法上由来の硬さらしいのですが、結果およそ似たもののない食経験を身近に提供してくれています。

 味わいは、やはり和菓子的。穏やかな甘さと風味は洋菓子インスパイア系の他アイス群と趣を異にしていますが、間違いなく癒される味と言えましょう。

■日本ローカル発の個性が海外デビューの愉快

 何にせよ、子供の頃にはその地味さ加減で目が行かず、正直理解し難かった部分がある製品だったのですが、大人になるにつれ不思議とその価値観に自分が追い付いてきたような不思議な感触があります。

 メーカーが井村屋さんというのもアイス製品としてはユニークで、三重県津市に本拠、肉まん、あんまんが有名です。中部地方には多くの老舗食品企業が存在しますが、歴史的に文化や産業の往来が盛んだった地として、やはり意図せず歴史的食文化の文脈や風土が商品企画にあらわれるのでしょうか。そんなある意味我が道を行く製品のポジショニングが、結果他社と競合しにくく一定のファンがいる存在として、どんな時代でも棚をコンスタントに維持する力になったのではないでしょうか。

 なんと、そんな「あずきバー」、マレーシアで始めての海外現地生産販売が開始されるとのこと。ハラール認証もとっての本格参入をするそうですので、暑さが厳しいマレーシアの人たちにもきっと喜んでもらえるに違いありません。やはり、自然体でにじんでしまう独自性こそ本当の個性。「あずきバー」を世界の人が食べる未来はなんとなく愉快に思えてなりません。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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