いつも感じることなのですが、日本人は機能主義が大好きというか、機能主義に絶対的な信頼を寄せているように感じます。というか広告やマーケティングを業にしていると、しばしばデザインだとかコピーライティングだとか“為にする”作為的な表象など“しゃらくさい”と、初手からまったく理解されない空気に出会うことさえあったりします。有り体に言えば、「チャラチャラしてるんじゃねえ。モノがしっかりしていれば黙ってても売れるんだよ」。という思想とでも申しましょうか。
やはり日本は資源のない国で、どんな時代も今ある資源を最大限無駄にせずやり繰りしてきた歴史もあるでしょうし、そんな中で鎌倉時代「方丈記」にすでに書かれている簡素な生活志向や、禅の思想、「用の美」を唱えた民藝運動など脈々と、装飾をそぎ落としていった先に残るそのものの本質を意識する文化が根付いたのだと感じます。
そんなシンプルで機能性にフォーカスした日本製品が、高度成長期以来世界中に歓迎されたのはある意味当然のことでしたし、禅に傾倒したスティーブ・ジョブズがソニーなどメイドインジャパンの製品に大きな影響を受けたこともまた歴史的な事実です。
■日本人にも受け入れやすいドイツ流機能主義
ところでそんな機能主義志向の日本人にとっても、非常に受け入れやすい製品がドイツ製のプロダクトです。かつて「最善か無か」を標榜し、機能的な裏付けがないディテールが存在しないと言われたメルセデスベンツや、ポルシェなど虚飾を排したスタイルは日本人にも共感されやすいコンセプトだったと言えます。
さすがに高級車やスポーツカーとなればハードルが高くても、日用品としてデイリーに使うものでドイツ機能主義を感じさせてくれるのはブラウン製品に他なりません。
そんなブラウンは創業100周年とのことです。
1921年ドイツ、フランクフルトにほど近いクロンベルクに創業者マックス・ブラウンによって創業された小さな機械工場が源流の会社とのこと。それにしても、これほどに工業デザインを世界的に評価されてきたメーカーは世界広しと言えどもそう多くありません。歴代多くのブラウン製品がニューヨーク近代美術館に永久展示されていることからもその評価は分かります。とにかく、機能主義に徹した、シンプルだが高品質で使いやすいデザインコンセプトは時代や国を超えて支持されてきたのです。
1919年ドイツに創設され、"機能主義""合理主義"でのちの建築や工業デザインに大きな影響を与えた教育機関バウハウスと創業期の時代が重なることも象徴的と言えるように思います。
まして人間工学という概念はもはや目新しくもないと考えられていますが、実際にそれを突き詰めた製品だなと恩恵を感じることはそう多くはないように思います。でも実際にシェーバーなどブラウン製品を使うと、少なくとも人間の骨格や皮膚などを研究した上で、例えば「髭をそる」という作用を実現するために、理詰めで突き詰めたんだろうなと感じる部分が多々あります。
やはり、考え抜かれた機能性を生活の中で体感したときに、そのブランドへの圧倒的信頼感が高まることは言うまでもありません。まして、毎日使う製品であればこそ、その説得力の価値はブランドへの信頼を超えて、ときにリスペクトまで至るのではないでしょうか。その結果がライフスタイル誌などで特集されたり、美術館に収蔵されたりするほどの高い評価だと思います。
そして自らのブランドアイデンティを広く理解しアピールするために、製品自体が最も雄弁なタッチポイント、生活者接点であることを思い知らされるのです。
■ブラウンならではのテスティモニアル(実証)広告
それにしても、電気製品大国日本でその独自のポジションがファンに受け入れられてきたことはやはり一筋縄ではありません。
日本市場におけるブラウンのマーケティングで真っ先に思い出すのは、何と言っても「ブラウン、モーニングレポート」。そう朝のシェービングルーチンをすでに済ませたはずのビジネスマンに駅や空港で、シェーバーを試してもらい、いやいやもう髭剃り済ませましたという方が、怪訝そうに試すと意外なほどに髭がそれるのでビックリするというあのCMです。電動歯ブラシでも同じフォーマットが使われましたので、覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
もちろん、グローバル企業ですからこの広告フォーマットは日本独自のものではありません。こういった実証実験型のCMを「テスティモニアル(testimonial)」と呼びますが、どちらかというと日本の企業よりもグローバルマーケティング企業が好む手法ではあります。
それにしても、あらためて見てみますと、ブラウンという機能主義を標榜するブランドに実証実験広告、非常に整合性が高い組み合わせであることにも驚きますし、またその手法を飽きられることを恐れず営々と続ける一貫性はやはり日本企業とは異質の文化であることも感じさせるのです。
ドイツ的な製品の代表と感じるブラウンも、今や米生活用品コングロマリットP&G傘下です。そもそもジレット傘下だったブラウンが、2005年にジレットごとP&G傘下に入ったということですが、グローバル化する株式資本市場を前提に意外なブランドが意外な資本傘下にいることは、今や珍しいことではなくなりつつあります。だからこそブランドのアイデンティティをより明確にすることも同時に求められますので、いかにもドイツ機能主義を感じさせる個性は今のところ保たれていますし、今後も大事にされるのではないでしょうか。
逆に言えば、ブランドアイデンティティがしっかりしている個性的なブランドや独自のデザイン言語を持つ企業だけが国際的な資本市場で価値を見出されるということでもあろうかと思います。
(過去記事)「高級チョコ「ゴディバ」の定石破り コンビニでも売るプレミアムは成立するか」
さてそんなユニークなブラウンのブランディングですが、モノづくり大国日本こそ参考にすべき点が多いと考えます。かつて日本のお家芸、電気製品は“最新こそ最善”とばかりに、ルーチンのようなモデルチェンジで表面的な新規性を追求し逆に陳腐化を招いてしまったメーカーも多いと感じます。
機能性、合理性を徹底的に突き詰めて、もはや容易に改善、モデルチェンジの余地はないという製品を長く、しかもきちんとした値段で売るというのも、生活者が求めているアプローチのように思うのですがいかがでしょうか。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら