6月11日~13日の3日間、英南西部コーンウォールにて開催された「先進7カ国首脳会議(G7サミット)」、世界がコロナの影響冷めやらぬ中、世界主要国リーダーが一同に会するということでいつになくテレビ映像が目をひきました。
中でも、菅総理一行が利用した政府専用機の姿は印象的だったように思います。コロナの影響で乗る回数が大幅に減ったといえ飛行機自体は珍しくもなく、そこはやはり国境の往来が制限され、国ごとに感染症との戦いを余儀なくされ嫌でも国単位でモノを考えることが増えましたので、政府専用機に何か象徴的な機微を感じてしまうのかもしれません。
日本国の政府専用機は、ボーイング777-300ER。現在世界を飛んでいる飛行機の中でも最大型機の一種です。先代政府専用機のボーイング747-400いわゆるジャンボジェットも二階建て客室を擁する超大型機でしたが、それに匹敵する仮に国内線1クラス仕様であれば最大500人以上でも搭乗できる機材を政府関係者や報道陣だけで使うのはやはりなんとも贅沢なものではあります。(【産経フォト】新「空飛ぶ官邸」 政府専用機の内部初公開【360°パノラマ】)
特に、総理大臣が公用で使う場合は機材トラブルなどに備え、予備機を含めた2機体制で飛ぶわけですから更に豪華です。今回のG7では、まさに当初使用予定の機体にマイナートラブルが発生して、サブ機に首相一行が乗ることになったことで、報道などでも注目されたわけです。
それにしても基本シンプルな色使い簡潔にしてダイナミックな動きを感じさせるデザインは日章旗をモチーフにしたものとのこと。2015年に政府・内閣官房の「政府専用機検討委員会」で機体整備を担当するANAからの提案で決定されたものです。
最新鋭大型の機体とあいまって、その堂々たる姿はやはり日本という国を世界にプレゼンテーションするのに十分な魅力と迫力があるように感じます。
■公共セクターにこそ求められるブランディング視点
普段主に企業の商品やサービスのブランディングについて、そのねらいや手法を紹介している本連載「ブランドウオッチング」ですが、公共的な取り組みにこそ「ブランディング」的な視点が必要と感じることが実はしばしばです。私企業に比べても国民全般など、より多くのステークホルダーに理解してもらい、協力してもらうべき取り組みが本来公共セクターには多いからです。
しかしながら残念なことに、「由(よ)らしむべし知らしむべからず」という論語出典の言葉を地でいくかのごとく、まさにお上の目線で目的や真意をつまびらかにせず、ぶっきらぼうに推し進められる施策も少なからずあると感じています。というよりも、そもそも理解してもらおうという意識さえ感じられない場合も多々あるのが困ったところです。
「ブランディング」はいわば自己紹介、一人よがりにならず受け手の目線で自己を発信する概念です。
例えば、原子力発電という呼び名は誰が決めたか知らないですが原子力爆弾にも通じる物々しさ、高効率で低炭素排出というメリットを全く表していない呼称ですが、政府が推進したいと考える重要政策としてはあまりにも無頓着ではなかったでしょうか。
・公共関連過去記事
進化する「道の駅」はインフラのヒット商品 日本だからこそできた大発明
■簡潔で高品質な表現が日本の良きアイデンティティーを表現
そんな公共部門からの情報発信に対するフラストレーションの中で、あらためて、政府専用機日の丸カラー、白地に赤系統のシンプルなラインは、簡潔ながら高品質で美しく政府専用機は良き日本のアイデンティティーを上手に表現しているように感じます。
もちろん一義的には、安全保障上の理由や、警護の都合からも民間機のチャーターなどでは対応しにくく独自の機体が必要という実用上の要請ありきでしょうが、やはり外交的な局面ではそれ以上の儀礼、プレゼンテーション的な要素が求められることもまた事実であるように思います。
だとすれば、この機体が表現するものが何かと一言で言えばやはり「国家の威信」でしょうか。
偏狭なナショナリズムは願い下げとしても、やはり国際社会に日本という国を理解してもらい信頼を寄せてもらうことは大事に違いありません。
例えば企業の格付けなどの与信は、母国の格付けを超えないということが大原則だったりします。やはり世界という舞台で考えた場合、日本国が世界で信頼されていることは国民にとっても大きなメリットに違いないのです。
もちろん政府専用機のすごさ自慢ばかりが、国家の威信でないのは当然ではありますが、それでなくても維持費の高い航空機を、しかも2機体制で運用管理できる国というのは限られます。
主要国の政府専用機を見てみると、米国の有名な大統領専用機エアフォースワン(ボーイング747-200)は何度も映画の舞台になるほど有名です。747自体は一世代前の機材に見えますが、あらゆる破滅的な状況をも想定した改造がされていると言われています。一例をあげれば通常の何倍も大きな燃料タンクに空中給油機能を備え、地上に降りないまま3日間飛び続けることさえ想定されているとのこと、空飛ぶホワイトハウスと呼ばれるゆえんでもあります。
一方の超大国ロシアはイリューシンIL-96-300PUを5機運用とのことですから、お国柄と広い国土もあいまって手厚い限りです。中国は政府専用機を従来持たず、中国民間航空会社の747機材をチャーターしていましたが、ボーイング747-8を購入して政府専用機に改造中との報道がありますが、彼の国のことですから、自国製造機で政府専用機を仕立てるときが本番ということに違いありません。
他、ヨーロッパ主要国はやはりエアバス社製の機材が多いなどそれぞれ特徴はありますが、まさに国の大きさや経済力をそのまま表現したかのように色々なサイズ、使用年数の飛行機が使われていて興味深いことこの上ありません。
■それぞれの文化や能力をアピールし、その多様性を尊重し合う
少なくともそんな中にあって、我が国の政府専用機がどんな国との比較においても引けを取らないということは間違いないように思います。もちろん冗費は止めて欲しいですが、日本がそれだけの出費に耐えられる大きな規模と経済力をもった世界の主要国である事実に意を強くしました。
そう考えると政府専用機が国家の威信を表現する宛先は、一概に国外訪問先の人々ということだけでなく、何より日本人に向けてということが言えるのかもしれません。日本は、かつて過度な国威発揚に傾注した反省からも、戦後どちらかと言えばアンダーステートメント、抑制的に自らを表現してきたように思いますし、それが近代的な国家として日本の信頼感につながってきたように感じます。そんな控えめな表現で十分だと思いますが、やはり自らを適度に発信していくこともまた必要なことではないでしょうか。
東京でのオリンピック開催も困難の中ではありますが近づいてきました。世界の様々な国の選手団がそれぞれの多様性をお互いが尊重し合う中で自信をもってアピールする、そんな機会を楽しみにしたいと思います。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら