有名な青森県三内丸山遺跡などが含まれる「北海道・北東北 縄文遺跡群」が世界遺産への登録勧告を受けたと5月26日に報じられました。(北海道・北東北 縄文遺跡群が世界遺産へ、ユネスコに登録勧告)
つい5月10日にも「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表(いりおもて)島」の登録勧告があったばかりだったこともあり、一層明るいニュースに感じます。(「奄美・沖縄」世界遺産へ、再挑戦実り登録勧告 ユネスコ7月正式決定)
それぞれここに至るまで並々ならぬ苦労があったとのことですので、地元の喜びの大きさがしのばれます。考えてみれば今回登録勧告された二件とも地理的には、東京、大阪など主要な都市部から遠い地域だけに「世界遺産」登録を契機にアフターコロナの観光振興起爆剤としても地元の期待感も大きいに違いありません。
何より、ギザの三大ピラミッド、タージ・マハルなど錚々たる人類規模の文化財やグランドキャニオンやグレートバリアリーフなどの自然景観と同じプログラムにおいて評価されたうれしさは、もちろん地元の方だけでなくとも日本人として素直に誇らしいというのが自然な感情だと思います。
■ブランディング無限機関のごとき注目すべき構造
それにしても「世界遺産」です。これほどに世界的な規模でインパクトをもって認知されているコンセプトもそうそうあるものではありません。それこそオリンピックやコカ・コーラ、アップルなどと並ぶ、「世界遺産」自体がスーパーグローバルブランドそのものと言えるように思います。ユネスコという営利企業と正反対の成り立ちの組織が運営しているにも関わらず、もしくはがゆえに世界的に受け入れられているという点もユニークですが、国際機関とて拠出金で成り立っていることを考えれば、成功したプロジェクトには営利企業と変わらない大きな意味があるはずです。
そして注目すべきは、それ自体がブランドでありながらそこに登録される遺産をもブランド化するという構造をもっている点です。似たモデルで言えばミシュランやノーベル賞、グッドデザイン賞でしょうか。素晴らしいものに権威を与えることで価値を顕在化させ、その素晴らしいものへの評価自体が権威付与者のステータスを高めるという相互フィードバック・正の循環は、それが機能している限りにおいてある種ブランディングの無限機関のようなメリットに満ちあふれています。
このモデルにもし死角があるとすれば、その評価判定自体に疑問をもたれたり陳腐化する時に他ならないでしょうが「世界遺産」には今のところそんな気配はありません。しかしながら、権威があればあるほど世の中の厳しい検証にさらされることは世の常で、例えば、日本市場でいくつかのマーケティング活用成功事例を生んだモンドセレクションなども、一部メディアからは申請すれば結構な割合で受賞できるのではないかなどそのステータス性に疑問が投げかけられました。
確かに「世界遺産」も今や登録遺産1100を超え、それだけ世界が魅力的な自然と文化にあふれているとも言えますが、すべての新規登録案件が当初の誰もが納得する登録対象というわけにはいき難くなりつつあるようです。がゆえに、登録遺産自体の保全状況が大きく変わった場合の登録抹消や遺産数に上限の検討が行われるなど、権威性保全のための試行錯誤が常に行われている状況とのことです。
■良き志には力がともなう
とは言え、人類共有の文化財や自然資産が破壊されたり毀損されることから守ろうという「世界遺産」の趣旨を考えれば、やはりその”大義”はいかにも普遍的説得力のあるものです。
ブランディングや経営戦略の世界で、近年企業や組織を”PURPOSE(パーパス)”その存在意義や志までさかのぼって定義することの重要性が認識されていますが、まさに「良き志には力がともなう」ということかと思います。
まして「世界遺産」の場合、そこに登録されるためのガイドラインによって、実質的な保全効果も期待できるわけですから、一石二鳥以上の優れた取り組みに違いありません。
そう考えてみると、日本の観光地もかつて周辺が無秩序に開発されせっかくの景観が台無しだったり、商業主義が前面に出過ぎてお土産物のショッピングセンターのようになっていたりで、残念な状況少なからずであったように思いますが、近年、各地域の営々とした努力の賜物で、ずいぶんと整備された場所が増えたように思います。
日本第1号の「世界遺産」は1993年登録の「法隆寺地域の仏教建造物」と「姫路城」の2件ですが、まさに登録から保全までの活動そのものが、世界水準でのホスピタリティや保全対応への意識を啓蒙した部分があったのではないでしょうか。
またその点でも、第三者へのアピールより以前に、当事者やステークホルダー自身の自己啓蒙活動がとりわけ重要であるブランディング活動のケーススタディ的と言えるように思うのです。
■「世界遺産」の価値をどう生かすか
さて、これだけ結構尽くしの”認証プログラム”ですが、なかなか二番煎じは難しく。同じくユネスコ関連の「ジオパーク」などは、日本でも登録を維持する負担に比べて知名度や観光誘客効果が低いということで「天草ジオパーク」など返上の動きも報じられました。
他日本でも各種団体など様々登録認証制度へのチャレンジを見受けますが、そうそう簡単に定着し盛り上がっているようには見受けられません。ここにもブランドとして地位が確立されたものを見れば簡単に思えるけれど、実際にゼロから価値化することのハードルは決して低くないという経験則が見て取れます。
一方で「世界遺産」で言えば当初はソニー、2015年からはキヤノンがメインスポンサーとなり最新鋭のハイビジョンカメラ画像を駆使して、世界の登録遺産を紹介する、TBS系列「世界遺産」という長寿番組には根強い人気があります。
映像クオリティと技術の高さをアピールする上で、「世界遺産」はまさに最高の被写体に違いなく、2次利用まで考えれば、マーケティング的な整合性も非常に高い好企画がゆえにスポンサーが変わりながらも長く放送されているように思います。
不思議なもので、人が集まる地価の高い土地にはさらに創意と工夫を凝らした建物が営々と建て変えられ、ますますその土地の価値が上がる好循環が発生するように、マーケティングも世界でも価値の好循環は発生するようです。
そう考えれば、今回日本で登録が勧告された2件を含めて、構えに不足ない状態に違いなく、「世界遺産」ブランドを生かした観光施策や振興策こそが重要でしょう。
特に「姫路城」や「厳島神社」のように登録遺産と建物や地域が一対一対応しているものはともかく、対象が「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」など福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・鹿児島県・山口県・岩手県・静岡県と地理的に広域にわたる場合もあり、そこは知恵が必要な部分であるように思います。
いずれにしましても、一生活者としてみれば「世界遺産」は、日本、世界のまだ見たことがない素晴らしい場所を再発見する絶好の地図・索引に違いなく、1,121件(2019年7月現在、文化庁ホームページ)の多くを訪ねたことがないことに今更ながら世界の広さと豊かさを知らされる思いでいるところです。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら