最近40代前半の男性に聞かれたのが「出世をしないことは分かっているけど、若干未練もあり、どうすればスパっと割り切って出世を諦められるか? なお、転職をする気はない」という質問だ。これについては、同世代(40代後半)でスパっと出世を諦め、楽しく生きることだけを考えている知り合いが案外多いので「諦めていいんじゃない?」と伝えるようにしている。
「出世しない」と分かれば…
「大丈夫です。あなたなら出世できます! もう少し頑張ってみましょう!」なんて、根拠のないことを言う気はない。何しろ同氏の仕事ぶりや人間関係、そして査定をする上司が何を考えているかはまったく知らないのだから。
人間、「野生の勘」というものを持っており、多分それはかなりの確率で当たる。だから「出世しない」という勘は当たるのである。となれば、その運命に従いその後の人生をより良くするしかない。
そういった意味で、出世を諦めた40代以降の人々は案外幸せな人生を送っている。私は博報堂出身だが、部長(一般的な会社であれば「課長」)にならずして定年退職を迎えた先輩方は皆幸せそうだったし、退職後も専門分野であるPR(広報)の領域等でその知見を使って仕事を続けている様子を見ることができる。
もちろん、博報堂という大企業でそれなりに給料が良いため家も買えたであろうし、余裕のある生活をしているのは分かる。だが、大事なのは与えられた環境で「私はここにしがみつく」という覚悟ができるかどうかなのだ。
出世を諦めた人が陥りがちなのは、「自分はお荷物なのでは……」と悩んでしまうことと、自分よりも若い上司から指示をされることである。だが、とりあえず給料をくれるのであればそこそこ余裕があるその会社にとってはお荷物ではないのは明白だし、コンビニで酒を買えば店員から「20歳以上かの確認をお願いします」と命令されるではないか。この1年3ヶ月ほど「ステイホームを!」「おうち生活を!」「酒を飲むな」など政治家からの命令だらけだった。もう、人生は命令されることの連続である。どうってことはない。
ただ、若いうちに自分はその会社で出世をしたいタイプか、しなくても幸せなタイプかは理解しておいた方がいいだろう。あくまでも「その会社で」というのが重要で、人は環境が出世の有無をもたらす。その会社でもはや出世しないと気付ければ若ければ転職なり独立をして出世を目指す策もある。
私が会社を辞めた理由
私は4年で会社を辞めたが、辞めた理由は「自分が将来出世しないことを明確に把握した」ためである。会社でエレベーターに乗ると、そこに乗ってくるオッサンの誰が役員かは一瞬で把握できた。高いスーツの「役員オーラ」があることに加え、自信たっぷりな「役員表情」「役員立ち」をしているのだ。一方、役員ではないオッサンは自信なさそうに立っていてスーツも安っぽい。自分はこのポジションになることが容易に想像できたため辞めた。
一方、同世代で会社に残っている非部長の知り合いは「サラリーマン最強!」などと言いながら、日々仕事はきちんとしつつ、子育てや趣味に全力で打ち込んでいる。その姿は実に清々しいし、人生を楽しんでいる感がある。決して出世だけがサラリーマンとしての幸せではないのである。
そもそも、すべての人は色々なことを諦める人生を送ってきたはずである。大学に入ったら「仮面浪人」が時々いたのではないだろうか。「オレはこんな大学に本当は入るはずではなかった。来年、東大を受けるのだ」なんて言いながら、授業中、東大受験のための勉強をしているヤツが何人かいた。
授業終了後「ゲーセン行こうぜ~」なんて誘っても「オレはお前らとは違って東大を受けるから勉強をしなくてはならない」なんて言う。だが、夏を過ぎれば「東大なんてどうでもいいや。この大学で案外楽しい」と仮面浪人をやめる。
だから、冒頭の「出世をしないことは分かっているけど、若干未練もあり、どうすればスパっと割り切って出世を諦められるか? なお、転職をする気はない」という質問に戻ると、「出世しないのもあなたの運命。もうそれを受け入れて、できる限り楽しく生きましょう」というのが答えになる。
人間それぞれ。人生それぞれ。出世することが人生の成功というわけではない。一元的な価値観はもう捨て去っていい。
【ビジネストラブル撃退道】は中川淳一郎さんが、職場の人間関係や取引先、出張時などあらゆるビジネスシーンで想定される様々なトラブルの正しい解決法を、ときにユーモアを交えながら伝授するコラムです。更新は原則第4水曜日。アーカイブはこちら