失って初めて気づくありがたみというものがありますが、生活圏の飲食店という存在がどれだけ我々の日常生活に潤いと利便性を与えてくれていたかということを思い知らされる残念な閉店に出くわすことが増えてきました。
在宅勤務で、いきおい自宅周辺で過ごすので、あらためて日本の都市生活の快適さに気づかされることしばしばです。広義の都市生活者が9割と言われる日本人のコンパクトな生活空間志向は、同時に近隣に多くの商圏をも生み、様々な生活サービスが成り立つ余地を作りました。
外国からの訪問者が便利過ぎることに必ずビックリすると言われるコンビニエンスストアを筆頭に各種の商店、そしてやはり個人から企業経営のものまでバラエティー豊かな飲食店の存在が、地元の生態系を彩り豊かで楽しみのある環境にしてきたのです。
そんな実感と裏腹に、その生態系が厳しい挑戦を受けている現状は切ないばかりです。もちろん個人経営の飲食店にとって厳しい経営環境であることは論を待たないわけですが、大手資本のレストランこそむしろ大規模な運営経費の重さを協力金で十分賄いきれないがゆえの厳しさもあり相当苦しい状況とのことです。
そんな中でも、振り返ればすでに1年前にロイヤルホストなど70店舗閉鎖のニュースが、それからの試練が何を生活者にもたらすかの予兆のようで、強い印象として残っています。
また、経営面でも双日などからの出資を余儀なくされるなど、ホテル事業の苦境なども相まってのことではありますがなかなか厳しいことは間違いないようです。
■「機内食」を祖業とするロイヤルのユニークな歴史
ファミリーレストランと一括りにされますが、大手各社の歴史はまさに高度成長期以降日本の生活文化全般が本格的に洋風化する歴史と重なるなかなか味わい深いものです。特に「ロイヤルホスト」経営母体であるロイヤルの歴史は、同チェーン創業者の故江頭匡一氏は米軍基地でのコック経験などを生かしたユニークなもので、戦後早くも1951年には前身の会社が福岡空港で日本航空に機内食の納入を始めています。1953年福岡初のフランス料理店「ロイヤル中洲本店」、1959年には同じく福岡天神にファミリーレストランの草分けと言われる「ロイヤル新天町店」をオープンさせています。
今では外食産業で当たり前になったセントラルキッチンをいち早く導入し、1970年の大阪万博で「カフェテリアレストラン」など4つの洋食レストランを出店したことからもレストラン産業のパイオニアとして象徴的な存在となりました。そして1971年には北九州市で「ロイヤルホスト」ブランドでの初出店を行っています。
その後全国展開された活況の記憶も新しく、フランチャイズシステムの導入などでも先駆者の役割を果たしたわけですから、どこまでも先進的な存在であったのです。
■洋風料理の外食が特別でない時代の難しさ
機内食事業をルーツにもち、今でもロイヤルが運営する空港レストランなど多い印象からでしょうか、「ロイヤルホスト」のお店には少し特別感があるように感じます。
温かみのある内装に店舗によってはじゅうたん敷き。スタッフの方の白いユニフォームは清潔感があってベテランの方が多い印象も老舗レストランのようです。特筆すべきは、ダイニングフロアから見える厨房にコック帽をかぶったシェフがいることです。厨房業務の合理化が進み完全にバックヤードの作業場と化した現代のファミレス業態でこれは間違いなく珍しく、こだわりを感じないわけにはいきません。
もちろんセントラルキッチンのパイオニアですから、店内で調理される部分は限られるに違いありませんが、やはり人の手が入ったものをいただける安心感というのはバカにできないように思います。
ただし、マーケティングの側面でみれば近年ブランドポジショニングが中途半端になってしまっていた印象は否めません。昭和の時代はそれ自体に結構な特別感があった、洋風料理を外食するという行為も、年々レストラン業態に多くのプレイヤーが参入し、まして「中食」と呼ばれる外食に負けず劣らずの総菜やお弁当などがコンビニエンスストアなどで豊富に供給される中、相対的にポジショニングが下がってきていました。
そんな中一時期はファミレス業態でも価格競争をしかける向きがありましたが、あくまで「ロイヤルホスト」はアッパーミドル層以上ターゲットということで、そこまで価格を下げずにこだわりの品質を維持してがんばっていたように思います。しかしながら、生活者にはなかなかその差別化部分が十分伝わらず「ちょっと高いファミレス」という曖昧な認識を持たれるようになっていたのではないでしょうか。
■近所で上質な料理を安心して食べられることのありがたみ
でも逆に言えば、こんな時代だからこそ、近所で安心して上質なプロの料理を提供してもらえるという基本的な価値はとても貴重なはずです。
例えば、海外ブランドのファミレスなども、本家のお店に行ってみると衛生面含めて日本人にとっては驚くほどレベルが低かったりして逆に印象に残るぐらいです。
当たり前に高いレベルのサービスを享受していた間は気づきにくいことですが、目の前で閉店してしまう店舗を見ると、嫌が応でもそんなことに思いを致してしまいます。
「ロイヤルホスト」のブランディングをあらためて見てみると、何よりオレンジ色を中心としたカラースキームが秀逸だと思います。食品らしい暖色の良さがありながら、競合とかぶらず差別化できているこのブランドカラーは間違いなく「ロイヤルホスト」ブランドの貴重な資産で、そうそうこれより良いものを開発できるものではありませんから、アップデートしながら大事にするべきと思います。
また、アメリカンスタイルの店舗のしつらえ自体がブランドの良きタッチポイントとして定着していることもまた特筆すべきで、むしろ大幅な意匠変更などよりも内装のリフレッシュやメンテナンスの強化などでその真価を十分発揮するのではないでしょうか。
むしろ、ややマンネリ感のあるメニューやプロモーションにテコ入れをすることで、「上質なファミリーレストラン」としてのアッパーポジションを十分に訴求できる余地があるように思います。
例えば、こういう時期だからこそ、エアラインとタイアップしての機内食メニューの提供やプレミアムな酒類の提供など、より高客単価の層を呼び込む努力をしても良いように思います。
値引きを目的としないメンバーシップサービスなど、より手厚いホスピタリティもブランドとの相性が良いはずです。ロイヤルカスタマーだけの特別なディナールームなど喜ばれるのではないでしょうか。
本来上質なサービス、食事を提供してくれている「ロイヤルホスト」だけに、この時代をぜひ乗り越えてがんばって欲しいと思います。きっと存在価値が見直される時代が遠からずやってくるのはないでしょうか。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら