松山英樹選手のマスターズ・トーナメント優勝。
歴史的快挙という言葉がこれほどしっくりくる偉業、実際にはそう多くないように思います。筆者は個人としても大のゴルフ好きですし、仕事柄も少なからず国内外プロゴルフ大会裏方にも関わってきましたが、正直なことを言えば本当に日本人がマスターズで勝つ日を生きている間に拝めるとは思っていませんでした。
ほとんどの男女海外メジャー大会をテレビ観戦してきましたが、一昨年の渋野日向子選手全英オープン勝利の大金星を除いては、予選ラウンドで淡い期待をし、最終日で“よもや”とテンションが上がるも、結局海外メジャー大会の壁の高さと厚さを思い知らされる年月を重ねてきました。
ですので、最後の18番ホール、普段なら簡単だろうパーパットが外れボギーパットがカップインするまで半信半疑だったのも、積年の期待値と悔しさのギャップから身を守る防衛本能だったかもしれません。優勝の瞬間、中嶋常幸さんら放送席が数十秒嗚咽をこらえきれずこれもまた歴史的な無音声の放送となったこともまったく腑に落ちる感動を共有しました。
それほどにゴルフ世界最高峰のUSPGAツアーは、近年科学的トレーニングや計測機器を使った弾道分析などからのフィードバックも大きく、飛距離、精度の両面で究極化しており、前回優勝で世界ランキング1位のダスティン・ジョンソンなど筋骨隆々の大男が周囲を萎えさせるような圧倒的なハイパワーと一方でセンチ単位の繊細さを駆使する異次元の世界になっていました。
今回の快挙を何に例えるかでネット上盛り上がっていましたが、インパクトだけを言えば全盛期のマイク・タイソンに日本人がKO勝ちするぐらいの衝撃があったように思いますし、そんな舞台に松山選手が肉体改造を含めたストロングスタイルで真正面から挑んだことにも感動を禁じえない部分でした。(まだまだ話せ尽きませんので、よろしければ筆者個人サイトの関連記事もあわせてお読みください)
■際だってアイコニックなマスターズ・トーナメント
それにしても「マスターズ・トーナメント」です。全英オープンはじめ男子メジャー四大会はどの大会も特別ですが。メジャー中のメジャー。マスターズが別格のブランド力を持つ大会であることに異論は多くないと思います。
そもそもトッププロ並みの実力を持ちながら生涯アマチュアを通し、その並外れて抑制的なプレースタイルからも「球聖」と尊敬されるボビー・ジョンズが企画し、自らも設計に関わったオーガスタ・ナショナル・ゴルフクラブで開催されることがこの大会に歴史的価値を与えています。会員300名、ビジターとしてプレーすることさえ難しいプライベートコースで開催される別格感は、そもそも広大な土地を専有する贅沢さを内包するゴルフの特質を否が応でも表象しているように感じられます。
地元への貢献を含め名士たる説得力があってこそ実現できるプライベートコースの風格は、映画「風と共に去りぬ」の舞台、アメリカ南部の古参ジョージア州の空気感を存分に醸し出しています。そんな舞台でアーノルド・パーマー、ジャック・ニクラウス、タイガー・ウッズとゴルフの歴史そのものであるレジェンドたちが優勝をかけて死闘を繰り広げてきた価値はまさにプライスレスなものという他ありません。
それにしても多くの著名なスポーツ大会、ゴルフトーナメントと比べてもマスターズのアイコニックつまりビジュアル面での象徴性は際立っているように思います。
優勝者とオーガスタナショナルのメンバーのみが着用を許されるグリーンジャケット、米南部ならではの濃い緑に鮮やかなアゼリア(ツツジ)。日本でも植生が強いがゆえに街路樹として多用されるツツジもオーガスタナショナルではまさにその強コントラストな色彩が例年4月の季節感もあいまって一際印象的です。さらにはプランテーションスタイルのクラブハウスなど、マスターズのブランド力をサポートしているのがこの統一感あるビジュアル、あらゆる視界に入る要素が世界観を表現していることには驚かされます。
■商業主義と一線をひくことでの存在感
ただし、あくまでマーケティング戦略が先行したものではなく、オーガスタナショナルのクラブメンバーと大会ボランティア、パトロンと呼ばれるギャラリーによる商業主義と一線を画す手弁当スタイルが大会をさらに重みあるものにしていることが特筆すべきところです。
考えてみれば、世界的な名声を確立しているスポーツ大会はF1モナコ・グランプリ、ツール・ド・フランス、パリ・ダカールラリー、テニスのウィンブルドンなど、良くも悪くもヨーロッパの有閑階級の趣味性が高じたことで文化性が積み上がり、その大会を唯一無二にしているものが少なからずありますが、マスターズもアメリカ大陸においてもそんな価値観を体現しようとしたように見受けられます。
もちろん実際にはノベルティ販売や世界の放送局への高額な放映権料収入もあり高度にマーケティング化された大会であることもまた事実なわけですが、今後も商業主義とある部分で一線を画すアイデンティティは変えないに違いなく、そんな希少性も大会のブランド価値の更なる向上に貢献しています。
■スポーツ協賛のプライスレスな価値をどう評価するか
実は選手の活躍だけでなく、日本企業の世界でのスポーツイベント協賛もまだまだ活発で心強い限りです。
USLPGA全米女子ツアーでは、5大メジャー大会の一角「ANAインスピレーション」を2015年以来ANAがスポンサードしており、今年も4月初旬に無観客と言え無事大会が開催されました。逆に言えば、航空会社にとってこんな厳しい時代にさえ簡単には休止しない覚悟が必要な取り組みがスポーツ協賛だとも言えます。
例えば多くのスポーツ文化への協賛活動を行ってきたリコーは「全英女子オープン」渋野日向子選手優勝の前年に10年以上にわたる冠協賛を終了しており、その巡り合わせは関係者にとって残念だったに違いありません。
一方、今に続く男子のソニー・オープン・イン・ハワイは世界企業としてのソニーをバックアップする名刺代わりとしての役割を存分に果たしてきたように思います。
スポーツ大会だけが持つ、感動と名声いう唯一無二の価値。それを企業活動に取り入れることには他で得られない効果があることは間違いありません。
しかしながら、提案する側の立場から言えば、最近はすべてに接触効率、露出効率で判断しようとする風潮が強すぎるように感じています。もちろん科学的マーケティング視点は当然欠くべからずですが、露出価値のシミュレーションは計算の前提で大きく振れ幅があることもまた事実なのです。プロの立場から言えば大きくしようと思えばいくらでも大きくできる数字です。より本質的にはある程度の数字的根拠を確認しながらも、無形の価値に対して目利きをする慧眼も欠かせないというのが正直なところです。
企業活動そのものに内包するような長期的視点で、日本でもマスターズを超えるような、世界的スポーツ大会を育て、企業自体も成長、ブランド価値を高めることにチャレンジする企業がぜひ増えて欲しいと願っています。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら