“天下国家”という言葉があります。今時そんな言葉を耳にすることもほとんどなくなりましたが、天下のことや国家のことを考える、つまりは政治を語り、国を憂う。ということで、人々の日常生活や日々の経済活動などより上に位置する、言わば上位概念という雰囲気を漂わせていました。
どうもこの言葉が胡散臭くて、苦手だったのは、確かに”天下国家”すなわち安全保障や外交、立法は我々の生活の大前提で優先順位が高いことに異論はないけれど、実際に世の中を豊かにし支えている多くの部分は国民の経済活動であり、技術の革新、製造や販売だと実感してきたからだと思います。それも概ね基調として平和な世の中であったればこそではあると思いますが、少なくとも一つ一つのプロダクトやサービスが世の中や我々生活者に与えるインパクトは決して”天下国家”から見ても下にないというのが筆者の確信です。
■コンビニの棚から消えたジャパニーズプレミアムウイスキー
そんな多くのプロダクトの中にも、特に「深さ」を感じさせる製品カテゴリーが存在するように思います。例えば、趣味性の高い高級ウオッチなどは、時間を知るという機能をはるかに超えたところで、「凝り(こり)」という道具に施しながら自らを進化させてきた人類の営々が象徴的にメカニズムに表現されているようで、所有者はいつでも極限の精度で組まれた金属加工の粋を愛でることができます。
そしてもう一つ「深い」プロダクトを上げるとするならば、お酒全般も筆頭でしょう(【ブランドウォッチング】日本酒のカワウソ「獺祭」の奇跡 廃業寸前から世界的ブランドへ)。
中でも樽で長期熟成されるウイスキーは、熟成される場所やその時間によって一つとして同じ樽がないことを含めて、大量生産大量消費される製品とはまったく別の深淵な意味性を感じさせる部分があります。
そんなウイスキー、特に原酒樽の個性を感じやすい長期熟成のシングルモルトウイスキーを中心に売れています。
長く年寄り臭くマニアックなお酒の代表として敬遠されてきただけに、特に長期熟成の原酒樽の数が多くはなく今更の大人気にうれしいような悲しいような供給不足の状況を生んでいます。巷では、地方の酒販店をまわってプレミアムウイスキーを買い漁る人物が出没しているとの噂まであるくらいです。
そして人気が出る時は色々ポジティブな要素が重なるもので、そもそも世界的なウイスキー人気とジャパニーズウイスキーへの脚光が同時並行的に進み、さらには日本市場では普及価格帯でのハイボールブームや、ジャパニーズウイスキーの祖である竹鶴政孝の生涯を紹介するテレビドラマなどの影響もあり、まずはニッカウヰスキー「竹鶴」が次々と熟成年数表記のある「17年」「21年」「25年」と順次販売終了を余儀なくされるなど、一昔前とまったく違う様相です(「竹鶴」3品目、3月末で販売終了 アサヒ発表、原酒不足)。
サントリーのブランドも、シングルモルトの「山崎」「白州」、ブレンドウイスキーの「響」とプレミアム市場向けの商品は10年ほど前までは、コンビニやスーパーの棚でも普通に売られていましたが、今は本当に見かけることが少なくなりました。
筆者は棚から消えかける過程、長く親しんだある銘柄の味に不安定さを如実に感じるという日本の大手メーカーの製品としては珍しい体験をしましたが、いかに急速に人気と原酒不足が同時進行したかという事だと思います。
■売れない時代も営々とブレずに一貫した訴求を続ける力
それにしても、ウイスキーがまったく売れていなかった時に仕込んだ希少な樽がもてはやされる時代のめぐりあわせもウイスキーという製品の面白さを感じさせてくれますし、そんな”ままならなさ”自体が製品としての「深さ」の表れと言えるかもしれません。
そんな原酒樽の枯渇から、販売休止となっていた「白州12年」が約3年ぶりに3月30日より数量限定再発売されることで、相当な争奪戦が予測されます。
やはり売れない時代もブレずにブランドを育てた、最大の非上場企業とも言われるサントリーの企業力に刮目させられます。大して人気のない時代から、訴求は一貫して変わりません。南アルプス甲斐駒ヶ岳のふもと、世界でも珍しい高地に位置することから“森の蒸溜所”とも呼ばれる白州蒸溜所の清涼感を、ブランドカラーの緑とあわせて営々と訴求してきたことは昔からのファンは誰でも知っています。ジャパニーズウイスキー人気を牽引してきたトップブランドの一角というポジションが偶然の産物でないことは明らかです。
■日本がプレミアムブランドで勝負する時代のリーディングケース
高度成長期以来、松下幸之助の「水道哲学」に代表される「生活者が必要とする良品を大量に生産し低廉に供給すること」を得意とし、世の中に貢献してきた日本企業ですが、時代は大きく変わり中国韓国台湾企業などにそのお株を奪われることが多くなりました。
そんな時代の日本の製造業次の時代の戦略を考える上で、「白州」などジャパニーズプレミアムウイスキーブランドの成功は、大いに参考になるように感じます。まず何より日本人ならではのモノづくりのこだわりと完成度によるプレミアム性。そして供給量を追求せず、どこまでもその価値を評価してくれる生活者に提供することに徹する(徹する他ない)販売方法。
フェラーリは「需要より常に1台少ない台数を供給する」と公言しています。階級社会を背景にしたヨーロッパプレミアムブランドに「水道哲学」はそもそも存在しませんが、日本ならではのプレミアムブランドの方法論は、やはりモノづくりのこだわりに基盤があるように思います。そういう意味では、販売好調を受けて各社生産設備の増強に動いていますが、いかに裏切らない品質、欲張らないかもジャパニーズウイスキーブランドに求められる自制心かもしれません。評価に磨きをかける徹底したこだわりを貫けば、今後も大量生産大量供給に行き詰まる日本製造業生き残りの成功事例を示すように思います。
満を持しての3年ぶり「白州12年」発売を楽しみに待ちたいと思います。誰もが飲んでみたい一品だけに、果たして手に入るかどうか。そんな状況も含めて楽しみに感じさせてくれることこそが、プレミアムブランドの証に違いありません。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら