ビジネストラブル撃退道

「見た目は普通」でも心は…部下の“異変”にあなたは気づけるか?

中川淳一郎

 ビジネス上のトラブルとして避けて通れないのがメンタルヘルスである。昨年、第一回目の緊急事態宣言の後は自殺者数が減ったというが、これは「リモートワークにより、イヤな上司・同僚と会わないで済んだからでは」という分析もされたほどである。

 メンタルヘルスを悪化させる原因の多くは、パワハラを含む人間関係が影響している。それが理由で鬱病を発症させたりもする。ここでは鬱病を発症させた場合にどのように行動をするかについて考えてみる。また、「鬱病です」と部下から打ち明けられた場合の上司の取るべき対応についても意見する。

 「鬱だと言ったら雇い止めに…」

 これまで何人もの鬱病の知り合いと会ってきた。「会ってください……」と言ってくるのだが、明らかに普段の同氏とは様子が違う。カフェで会ってみると、目がどんよりとしていて呂律がまわっていない。酒を大量に飲んできたのだという。

 同氏に話を聞くと、コロナの影響もあり、契約社員として働いていた会社の「雇い止め」を受けたそうだ。しかし、「自分より無能な人間は残れて自分は解雇された」と言う。多分、同氏は優秀なのだろう。ただし、鬱病を押して働いていたところからパフォーマンスが低下していたと思われる。

「鬱であることは上司には伝えたのですか?」

「鬱だと言ったら間違いなく雇い止めになるでしょう。言うわけありません」

「これまでは信頼されていたわけですよね?」

「はい。だからこそ言いたくなかったのです」

 ここで私は「言っておけば良かったのに……」とは言えなかった。なぜなら、世間は鬱病患者をまだまだ理解できていないからである。

「結果的に雇い止めになったのならば、言っても良かったのでは?」

「でも、言っても理解はされなかったと思うので言いませんでした」

 これが鬱病を含めた精神的な疾病の問題なのだ。なにしろ、身体の不調である「松葉杖をついている」「ガンの手術を受けている」「脳梗塞で病院に運ばれた」のように「分かりやすいヤバさ」が見られないのだ。鬱病については、世間の理解が薄すぎる――これが現状である。

 米国では生涯自殺率「3%」にも

 富山大学の斎藤清二氏は、2014年の『エビデンスの観点から見た 「うつ病」と「自殺」の関係』という論文でこう前置きをする。

「これまで世界的に標準とされてきた精神科学の教科書の記述によると、『うつ病患者』の生涯自殺率は 15~20%前後であるとされてきた。この 15%という数字は、多くの専門家によって認められ、一般に流布してきた数値である。しかし、近年この 15%という数字は、専門家の実感とかけ離れているということが指摘されるようになってきた」

 そのうえで、さまざまなエビデンスを元に、米国の鬱病患者のうち、自殺の危険性のため入院の必要があった人を除く軽症~中等症の鬱病患者の生涯自殺率について「トータル3%前後と考えられる」としたうえで、以下のように指摘する。

「ところで米国の全ての人口での生涯自殺率は約1%であると言われている。よって、うつ病の人が自殺で生涯を終える可能性はやはり、全人口の平均より3倍程度高いのである。つまりうつ病は確かに自殺のハイリスクであることは間違いがない。しかし、うつ病の人の大部分は自殺では死なないということもまた事実なのである」

 人を追い込む…職場で意識改革を

 鬱病経験者に話を聞くと「あ、死のうかな」とカジュアルに思う瞬間があるのだという。ふとビニール紐を三つ編み状に結い、強度を高めていたところ、家族から「何をやってるんだ!」と止められて「あ、私、自然と死のうと思っていた」と気づいたそうだ。

 それだけ鬱病というものは、「死への後押し」をする病気だ。過去に鬱病を患った女性は私に対して「会社には言えません。だって、私、見た目普通ですもん。自殺をした後に『あぁ、それだけ苦しかったんだ』と理解してもらえる。だから死んでやろうかな、と思ったんです」と言った。

 尋常ではない発想だが、ここまで鬱病は人を追い込む。彼女は上司に鬱であることを明かすにあたっては「自殺をしたくないので、休ませてください」と明確に言ってもいいかもしれない。私は雇われ人ではないため、このようなことを言うことはない。だが、日本中の多くの雇われ人は鬱病と診断された場合は「自殺したくないので、すいません、数か月間の療養を認めていただけませんでしょうか」といった交渉をした方がいい。

 そして、こうした交渉ができるためには、周囲の理解が必要だ。だからこそ「鬱病は死ぬ可能性が高い」という意識を社内で共有し、上司が鬱病の部下をきちんと理解した上で、守らなくてはならない。そして、職場では「〇〇さんの復帰まで残った我々で頑張りましょう」などの気概を見せるべきなのである。

中川淳一郎(なかがわ・じゅんいちろう) ネットニュース編集者
PRプランナー
1973年東京都生まれ。1997年一橋大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ではCC局(現PR戦略局)に配属され、企業のPR業務に携わる。2001年に退社後、雑誌ライター、「TVブロス」編集者などを経て現在に至る。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』『謝罪大国ニッポン』『バカざんまい』など多数。

【ビジネストラブル撃退道】は中川淳一郎さんが、職場の人間関係や取引先、出張時などあらゆるビジネスシーンで想定される様々なトラブルの正しい解決法を、ときにユーモアを交えながら伝授するコラムです。更新は原則第4水曜日。アーカイブはこちら