ミラノの創作系男子たち

アート、デザイン…自らの世界を果敢に構築 トルコからイタリアへ来たイマン~女子編

安西洋之

 チダン・イマンはトルコのアンカラに生まれ育った。小さな時から数字が得意な早熟な女の子だった。両親とも銀行の幹部で数学や科学が尊重される家庭環境にあったからだろう。また教育に熱心だった。チダンが工科大学で化学を勉強し終えた時、父親には「22歳で社会に出るのは早いから、もう少しまだ大学で勉強したらどうだ」と助言される。

 「トルコの閉鎖的な社会にあって、うちは開放的だったと思うわ」とチダンは語る。そして文学やアートに興味のある彼女は、化学の修士に進むのではなく、別の大学に進学する。

 当時、1990年代後半、日本とトルコのビジネスが活発だったこともあり、就職にも有利な日本語を勉強したいと思ったが、学科に入る競争率が高く、チダンはイタリアの言語と文学を学ぶ学科に入ることにした。ここでイタリア語を身に着けたのが、その後の人生の方向を決めた。

 彼女は学生の時、トルコに出店するイタリアのファッション企業のために通訳の仕事をした。それがまわりまわっての縁を通じ、ヴェネツィアに近いヴェネト州にあるデザイン関係の会社で働くことになった。輸出担当マネージャーという立場だ。今年でイタリア生活は20年になる。

 新しいコミュニティに入るにあたり、見えない壁をどのあたりに感じたのだろう?同じく外国人としてイタリアに住む人間として気になる。

 「イタリアに来た当初は、文化の違いで苦労したわ。地中海世界にあって両国の人とも熱い血が流れているけど、ヴェネト州はイタリアの北の文化ですものね。イタリアの文化はオープンな感じがあるでしょう? でも、ある段階で急にクローズする瞬間があり、その敷居のありかに戸惑ったわ。特に実家がオープンだったから、なおさらそうだった」

 ただ、チダンは好奇心も強いタイプなので、イタリアの文化に適応するのにそう年数はかからなかったようだ。

 仕事でデザインに関わるが、趣味も1960-1970年代のデザイン製品や空間を愛でることだ。仕事でデザインに関わるうちに、デザインの世界に嵌ったのだ。そのため開催されている展覧会やイベントを見るために週末、欧州各地を訪ねるようにもなった。ミラノにも仕事だけでなく趣味でもやってくる。

 そうした探訪の結果は、彼女自身でインスタグラムに投稿しているMiss_Spaceageで垣間見ることができる。2万人ほどのフォロワーがいる人気あるアカウントだ。

 インスタグラムの活動で多くの人と知り合った。毎日、頻繁にメッセージの交換をする。2年前もギリシャに旅した際、インスタグラムで繋がった名の知れたアートコレクターの大型ヨットに招待され、その人のコレクター仲間と一緒に膨大なコレクションを見せてもらう機会もあった。

 彼女が好きなのはコンテンポラリーアートの作品で、特に抽象性の高いインスタレーションだ。

 「作家の意図がすぐ分からないのがいいのよね。アーティストに質問したりしながら、新しい世界が見えてくるのが楽しいのよ」と笑う。

 ルネサンス期の名画などにはあまり興味がない。

 デザインでも20世紀前半の建築も高評価し、「さまざまに学ぶことは大好きだが、自分の世界をあまり広げ過ぎないのが肝心」と1960-70年代の作品に集中する理由を説明する。

 だから予算が許す限り、この時代のデザイン製品を地道にコレクションしている。プラスティックがあらゆるフォルムを実現する可能性がある材料であるのに惹かれる。また、サステナブルであることが叫ばれ、人肌に馴染む自然素材が人気の今だからこそ、プラスティックのものを集める。

 「10数年したら、逆に樹脂製品がアンティーク市場で評価されるはず」と見ている。

 朝は起きたら、カフェを飲みながらネットで世界各国のいろいろなニュースに目を通す。時事や文化などトピックスは広い。

 昼間の多忙な一日を終え、夕方、仕事場から自宅に戻ると即、着替えて外にでる。昼間のストレスをすべて吐き出す。

 ジョギングが好きなのだ。リズムのある音楽を聴きながら、週に5日は走る。7キロで50分ちょっと。ウォーキングだと10キロに1時間半程度かける。

 夕食は自宅でとることが多く、鶏肉など白肉と野菜の料理が中心だ。魚は好まない。炭水化物もとらない。寝る前には腹筋運動もするから体形は極めてスマートだ。

 今、どんな本を読んでいるのだろう。

 「“How to Be an Artist”というアートの批評家の本を読んでいるわ。著者のアメリカ人とは、やはりギリシャで会ったのよ。とっても刺激的な本よ」と本を見せてくれた。

 著者はピュリッツァー賞もとっているジェフリー・サルツだ。彼ともインスタグラムを通じて知り合ったという。

 実はチダンのことは、彼女がイタリアにやってきた20年前から知っている。ビジネス上の付き合いがあり、何度も一緒に食事をした。その際に私生活のことも聞いてきた。だが、今回、インタビューして彼女の人生が再構成できた。

 なんとなく彼女のことを知っているつもりになっていたのだ。あらためて彼女の自らの世界を果敢に構築していく力にぼくの心は動かされた。

安西洋之(あんざい・ひろゆき) モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター
ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。