元受付嬢CEOの視線

最新の受付システムもそこはカバーできない フリーアドレス化が問う「常識」

橋本真里子

 新型コロナウイルスの感染が拡大する中で、様々な企業が取り入れた制度といえば「テレワーク」ですね。そしてテレワークの次に取り入れた・取り入れを検討している企業が多いのが、席を固定しない「フリーアドレス」制ではないでしょうか。

 受付業務のコンサルティングなどもおこなう弊社ですが、お問い合わせいただく企業様から多いのが「フリーアドレス化するにあたり、来客対応のフローを相談したい」といった内容なのです。

 今回は、元受付嬢として、そして受付業務の課題に取り組む企業の代表として、企業がフリーアドレスを実現にする上で注意したいこと、押さえたいポイントについてお話しできればと思います。

「増床しました」 テレワーク拡大の裏で起こっていたこと

 コロナにより働き方が大きく変化したことで、「オフィス不要論」なんていうワードもよく耳にしました。確かに小規模のスタートアップが完全リモートに振り切ったり、シェアオフィスに移転し、メインの働き方をテレワークとするなど、オフィスを“スリム化”した企業も少なくないと思います。しかし、そんな中でも「オフィスを拡張しました」「増床しました」という話も耳にすることがありました。

 なぜオフィスを拡張する必要があるのでしょうか? それはソーシャルディスタンスを確保するためです。

 コロナ禍であっても、テレワークに不慣れな企業やテレワークでは業務効率が低下すると判断した企業では、社員を出勤させています。しかし、出社する人数が減らない限り、社員一人ひとりに与えられるスペースは変わりません。社員間のソーシャルディスタンスを確保するためには、オフィス面積自体を広げるしかないのです。

 こういったことが背景で、オフィスの解約や縮小があった一方、実は増床やリノベーションといったニーズも広がり、オフィスビルを管理する企業からは、空室状況は「プラマイゼロ」だったということです。オフィス縮小・解約ばかりが取り上げられていたので、この話を聞いたときは驚きましたが、非常に納得感がありました。

 そして、増床やリノベーションを機にフリーアドレスを取り入れる企業が非常に多いようです。

フリーアドレス化を阻害するもの

 コロナ禍では、社員を交代で出勤させている企業も多いようです。全員分の席を確保しなくて済むフリーアドレスは、その点でも今のニーズに沿っています。しかし、そのフリーアドレス導入を阻害しているものがあります。

 それは、内線電話や固定電話です。

 内線電話や固定電話は、「席が固定だからこそ機能するもの」の代表格だからです。社員一人ひとりに内線番号があてがわれており、個々の番号があると結局、内線電話に自分宛の電話がかかってきてしまうので、電話の近くに座る必要があります。

 キャビネットなどの収納用品も同じで、固定のものが存在してしまうと「固定席」という概念が払拭できず、結局は今までの座席に座っているほうが効率的に働けてしまいます。フリーアドレスを実現するコツは、とにかく「固定」「個人に紐付くもの」をいかになくすかです。

 通信技術が未発達だった遠い昔はおそらく、じかに会わないと会話できなかったり、「ノック」や「呼び鈴」で相手を呼び出していたでしょう。やがて技術が発達し登場したのが、対面なしに、移動しなくても瞬時に会話ができる「電話」でした。その技術が社内コミュニケーションツールとして、そして来客の取り次ぎツールとして定着してきたわけです。

 しかし、思い出してみてください。社内のコミュニケーションで、内線電話を利用する機会は今どれだけあるでしょうか? テレワークが導入される以前から、メールやチャットを利用することのほうが多かったのではないでしょうか。

 こう考えてみると、「来客の取次のための内線電話」がいかに古い文化かということに気づかされます。テクノロジーやインターネットがなかった頃の来客の取次をいまだに文化として残している企業は少なくありません。選択肢が広がった今、フリーアドレス化を実現するには、「いかに古い文化から脱却できるか」が成功の鍵になると言えますね。

私が受付嬢だったら…相当困る

 「私がいまも受付嬢だったら…」と考えることがあります。企業の多くがテレワークを導入し、フリーアドレス化したとき、「自分の仕事がなくなるのでは?」と思うのと同じくらい心配になるのが、「来客の取次にどれだけ時間がかかるだろうか」ということです。

 受付嬢がいる多くの企業の来客の取次方法はいまだに内線電話です。席が決まっていて、ある程度社員の働くフロアやエリアが決まっていれば、離席中の担当者に代わって内線に出てくれた方も、担当者の居場所や行動の見当がつきやすいでしょう。しかし、全部署・全社員がフリーアドレスとなる場合、その日に誰がどの席で、どの場所で仕事しているか受付嬢も同僚も把握することが難しいので、本人が内線や電話に出なかった場合の取次が相当困難なものになる事が予想できます。

 今までは固定席があることによって部署に対する「帰属意識」や「チームとして来客を伝える義務」みたいなものを持っていた人も少なくないと思いますが、フリーアドレスになった瞬間、そういった概念がなくなる可能性は少なくないと思います。

フリーアドレスは企業としての「常識」を問う

 これまでの話を踏まえるとフリーアドレスの実施は、相当ハードルが高いように思われるかもしれません。

 もちろん、最新テクノロジーによってそれらのハードルを低くする方法もあります。コストをかけて、フリーアドレスに対応した受付システムを導入するということです。来客時には内線電話ではなく、メールやチャットなどで担当者に通知され、電話のそばにいなくても、たとえば会議中や来客対応中でも通知を受け取ることができるシステムがあります。

 しかし、そうした最新システムを導入せずに、フリーアドレス化にともなう来客対応を実現することはそう難しいことではありません。

 来客の到着を知らせる方法が内線電話であろうが、メールやチャットであろうが、来客があることを忘れてしまっては、お客様とスムーズに会うことは叶いません。まずはアポイントメントを設定した担当者が「自分の来客だから、自分で責任を持って対応する」というのが大前提だからです。

 そして、もし担当者が取り込み中ですぐに来客対応できなかったとしても、普段から「助け合う」という文化が根付いている企業であれば、特別なルールや教育は必要ありません。各部署で助け合う仕組みを話し合って決めれば、それでいいのです。

「突然の来客だ、どうする?」

「突然の内線電話はどうしたらいいの?」

 こういったシーンでは社内の文化が露呈しやすいです。フリーアドレスを成功させる鍵は、「社員の常識力と企業の文化」なのです。

 日頃から挨拶ができている企業であれば、お客様がいらしても、受付嬢だけでなく、社員のみんながお客様に挨拶をすると思います。それだけでも企業イメージはあげられると思いますし、心地のいいおもてなしではないでしょうか。

 働き方が変われば、空間も変わる。空間が変わることで、視点を変えることにもつながる。フリーアドレスに足踏みをしている企業は、文化を変える・成長させるいい機会だと捉えて、今までとは少し、視点を変えて検討してみてはいかがでしょうか。

橋本真里子(はしもと・まりこ) 株式会社RECEPTIONIST 代表取締役CEO
大学卒業後、IT企業を中心に上場企業などで受付業務に従事。受付嬢として11年間、のべ120万人以上を接客。2016年にRECEPTIONIST(旧ディライテッド)を設立。2017年にクラウド型受付システム「RECEPTIONIST」をリリース。2018年以降は日程調整機能「調整アポ」、会議室管理「RECEPTIONIST For Space」など、受付に付随するビジネスのコミュニケーションの一元化を目指すサービスも展開し、導入社数は3000社超。

【元受付嬢CEOの視線】は受付嬢から起業家に転身した橋本真里子さんが“受付と企業の裏側”を紹介する連載コラムです。アーカイブはこちら