ブランドウォッチング

大阪「都」構想の挫折 都市ブランディング視点から考える

秋月涼佑

 大阪「都」構想、賛否を問う二度目の住民投票が11月1日に行われ、僅差ではありましたが否決されました。

 筆者は東京在住で有権者ではありませんでしたが、選良として活動する政治家が本気の政策を問うアクションは、結果否決されたとは言え、誠にすがすがしい、うらやましいチャレンジだったと思います。

 それにしても松井一郎大阪市長率いる大阪維新の会は、地元で大きく支持されてきた政党として知られていますので、その渾身の再提議が受け入れられなかったことの衝撃はひとしおです。すでに多くのメディアや識者が政策的、政治的な側面で解説されていますが、あえて本稿ではブランディング視点でその要因の一端を考察してみたいと思います。

国家のキャピタル(首都)は1つしかない

 大阪の人々が決めることとは言え、筆者も人並みに橋下徹当時大阪市長が大阪「都」構想を提言した10年ほど前から事の成り行きに関心をもってきました。むしろ、色々な局面で新進気鋭の若手政治家である橋下氏に期待もし、シンパシーを感じることも多かったのですが、大阪「都」というネーミングだけはどうしても一度も胸落ちしなかったというのが本音です。

 振り返れば、大阪「都」構想が提言された当時の石原慎太郎都知事は、「(都を名乗るならば)それは全然間違い。迷惑千万だ」とし、「国家のキャピタル(首都)は1つしかない」として橋下市長の考えに反対する姿勢を示していました。

 なぜかその後あまりそういう指摘をする人もいなくなってしまったのですが、芥川賞作家、選考委員(当時)という言葉に人一倍のこだわりがある知事としては非常に真っ当な指摘だったように思います。石原氏も決して政策面に文句を言っていたわけではなく、なぜ「都」でなければいけないんだという一点での異議申し立てをしていたように記憶しています。

 天下公党の核心的政策名であれば何らか成立し得る解釈が大阪「都」という呼称にあるのかもしれませんが、やはり多くの生活者が「都」という言葉から何をイメージするかというごく世俗的な判断が重要ではないでしょうか。小学生でさえ「都(みやこ)」は一つの国にいくつあるかな、と聞けば「一つ」と勢いよく答えそうです。

「三都物語」の意味

 以前、JR西日本の有名な広告キャンペーンに「三都物語」というものがありました。古代より都が置かれてきた近畿地方の歴史をふまえ、大阪、京都、奈良の三都を周遊観光しようというキャンペーンでしたが、京都、奈良に文字通り都があった時代が少なからずあったことをふまえた上で、大阪については歴史上いつも栄えていた土地、水の「都」というニュアンスのやや広義の「都(みやこ)」という定義であり、誰も違和感がありませんでした。

 まして大阪にも厳然と難波宮(なにわのみや)という都が置かれた時代があったわけですから、精密なキャンペーン設計だったと思います。(近江大津宮の立場はちょっと気になりますが)。

 そんなキャンペーンが成立したとしても、一時代のある一点においては常に「都(みやこ)」は一か所というのが、日本人の常識的な感覚ではないでしょうか。だからこそ南北朝のような時代を事件と感じるわけでもあります。

「首都」でなくても都市は繁栄できる

 筆者自身東京都民ですが、大阪が栄えることに何の異論もありません。むしろ世界を見れば、首都と最大都市が別々に共栄している国のなんと多いことか。アメリカのワシントンとニューヨーク。カナダの首都はオタワですが、最大都市はトロントです。オーストラリアはキャンベラが首都で最大都市はシドニー。

 むしろ私が大阪人だったとしたら、強い異論があるにも関わらず「都」という呼称にこだわることの方がコンプレックスの裏返しのようで屈辱に感じるように思います。

 せめてどうしても「府」という呼称を刷新したいんだったとしたら、まったく違う名前を考えた方がまだ良かったのではないでしょうか。新年号で識者が素晴らしい仕事をしたように、時間を与えられてしかるべき人々が依頼を受ければ、歴史的、文明的脈略をキッチリ踏まえた良案を出せるように思います。

重要な公共セクターのブランディング

 ブランディングと言うと、どうしても民間企業の販売促進やマーケティングの延長上の取り組みという印象がありますし、確かに圧倒的に企業の取り組みが多いのですが、日頃から公共セクターのブランディングも我々市民の生活に影響が大きいだけに重要だと考えています。

 例えば本連載でも成功事例として取り上げさせていただいた、「道の駅」が「認定道路休憩施設」などという国会答弁のような名前だとしたら今ほど利用されるインフラになり得たでしょうか。(【ブランドウォッチング】進化する「道の駅」はインフラのヒット商品 日本だからこそできた大発明

 例えば、原子力発電所が「超高効率低炭素発電」というようなメリット面に重点をあてたネーミングだったとしたら、もっと世論は説得されただろうか。「持続化給付金」という呼称は分かりやすいのだろうか、など色々考え出せばキリがありません。

土地の歴史由来にこだわった都市ブランディングを期待

 まして、市民が日々生活する舞台となる住所です。少しでも誇れるブランディングをして欲しいというのが人情なのですが、大阪「都」構想をブランディング視点でみると、この実施案にもどうしても不満を言いたくなるのです。

 提示された新特別区は「淀川区」「天王寺区」「北区」「中央区」の四区です。「淀川区」「天王寺区」はともかく「北区」「中央区」という名称はあまりにも即物的で味気ない。もちろん今までも使われて馴染みはあるでしょうが、やはりその土地固有の歴史や由来を掘り起こして命名して欲しかった。

 これは日本全国どこの地域でも共通の課題だと思いますが、せっかく立派な歴史、いわれのある土地でも簡単に「東」「西」「南」「北」と最寄りの著名な地名に寄り掛かった町名にしてしまう。最たる例は、「新○○」というお手軽な命名です。筆者は新幹線で「新大阪」駅に降り立つとき、これほど歴史ある地域の玄関口がなんでこの名前なんだろうと、いつもちょっと残念な気持ちでいっぱいになります。

 もちろん、そもそも複数の町を束ねるにあたって、どこか一つの地名に代表させることの合意の難しさといった大人の事情は分からないわけではありません。でも、「北区」「中央区」より良い呼称は絶対にあると確信します。全国でも珍しい気鋭の政治アクションだけに、日本全国の都市ブランディングへの問題提起になるような魅力的な提案ができていれば、結果はまた違っていたように思えてなりません。

 少なからず市民の支持があることもまたハッキリしているわけですし、再チャレンジの声もあるようです。そんな際には、ぜひ都市ブランディングという視点で、じっくり構想を練り直してみるのも良いように思いますがいかがでしょうか。

秋月涼佑(あきづき・りょうすけ) ブランドプロデューサー
大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
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