今日から使えるロジカルシンキング

「普通」と「ヤバい」は要注意 顧客企業を大激怒させたコンサルタント

苅野進
  • 高校生A「昨日行った店のセールが全部30%オフだったんだよ! ヤバくない?」

 電車の中で聞こえてきた高校生の会話です。みなさんはこれを聞いてどのような印象を受けますか?

  • 「全部」という点がヤバい
  • 「30%」という点がポジティブにヤバい
  • 「30%」という点がネガティブにヤバい

 このいずれかでしょうか? この会話の続きは

  • 高校生B「本当? ケチじゃない?」
  • 高校生A「でもダウンベスト買えた~」

 でした。Aさんは冬物も含めた「全部」がすごいという意図であり、Bさんは「30%」という点をネガティブに考えていたようです。

 人がなんらかの発言をする際には、明言はしていないけれど前提としている「基準」が存在します。Aさんは「セールとは普通は一部のものしか対象にならない」という基準を持っていて、Bさんは「セールとは普通は50%くらいの値引きがあるものだ」というような基準を持っていると想定されます。それぞれの「ヤバい」に関する基準としての「普通」が違うのです。

「○○と比較して△△だ」

 一般的に、人が「大きい」「美しい」などの形容詞を使って発話する際、その人の頭の中に基準となる比較対象があります。「空がきれいですね」という単純な発話でも、

  • 昨日の空と比較してきれいだ
  • 空以外の身の回りのものと比較してきれいだ
  • 普段想像しているより、実際に見るときれいだ

 などの比較対象が考えられます。

 小学生の国語の読解問題では、「この比較対象は何か?」ということはよく問われます。また、記事などわざわざ筆者がなんらかの主張を書くときには、「(一般的には~だと言われているが、)私は…」や「(今まで~だったが、)これからは…」というように、カッコ内の内容が基準・比較対象として想定されていています。それを理解していないと筆者が何を言いたいのかが明確に理解できません。大学入試の要約の問題などでは、このカッコ内を補ってまとめると非常にわかりやすいものになると言われています。

 ロジカルシンキングの「ロジカル」とは論理、つまりルールです。ルールに従って考えたり、発言することによって、なるべく共通のイメージを持って話を進めることができるようになるというものです。ですので、発話する場合には「比較対象を共有する」ことが大事であり、聞く側も「比較対象を確認する」ことが必要になります。

ビジネスの判断基準を知る大きな手がかり

 売り上げの例のような「数字」はもちろんのことですが、「良かった・悪かった」などの何気ない評価についてもしっかりと確認するべきです。

 発言者にとっての「普通」や「一般的には~すべき」という考えを知ることは、その人のビジネスにおける判断基準を知る上で重要な情報です。

  • 「今日の売り上げは大きいね~」

 という上司の発言に対し、無難に

  • 「そうですね~」

 と相槌を打つ人は多いですが、

  • 昨年の同日に対して大きい
  • 昨日に対して大きい
  • 同業他社と比較して大きい

 など、上司が「大きい」と評価しているのは何を基準にしているのかを理解していなければ、その後のコミュニケーションやビジネスの進め方にとって大きな問題が発生することがあります。

 基準を確認する作業を怠って、表面的に発言に対して「そうですね」と相槌をうっているだけでは深いコミュニケーションはできません。「なぜこのような評価をするのだろうか? 何と比べて? 彼にとっての普通ってなんだ?」と考える習慣をぜひ身に付けていただきたいと思います。

朝一で駆けつけたものの顧客企業の重役が大激怒

 かつて駆け出しコンサルタント時代に苦い思い出があります。同業他社の顧客から連絡があり、私の会社に乗り換えることを検討しているというオファーをいただきました。その際に顧客は、同業他社について「ミスはしょうがないけど、そこに対して普通の対応ができないってのはありえないよ」という不満を口にしていました。私は、同業他社からの大口顧客の乗り換えという状況に舞い上がっていて、「普通の対応」という相手にとっては契約を切り替えるほどの重要事項について、具体的な基準を確認しなかったのです。

 その3カ月後くらいでしょうか。自社が対応していた先方のサイトに大きな不具合があるという連絡を朝一番に受けました。私は上司とともに「相手は常識や礼儀を非常に重視している」と考えて、「すぐにお伺いします!」という返事とともに先方に向かいました。

 会議室に通されて、待つこと30分。相手は忙しい企業のCTO(最高技術責任者)です。やっと現れたCTOに対して、私の上司がすぐに立ち上がり「このたびは誠に申し訳ございませんでした!」と90度のお辞儀をしましたが、CTOは「まあまあ、お座りください」と穏やかな対応です。

 そして席に着いて再び私の上司が「このたびは私どもの不手際により…」という話を始めると、「それで修復までの時間、今回の原因と根本的な解決策は?」と遮ったのです。それに対して上司が、「それにつきましては担当が対応しておりまして、まとまり次第ご報告いたします。まずはご迷惑をおかけしたお詫びにと思い駆けつけた次第です」と発言した瞬間に、CTOが怒りの表情に変わりました。「ミスで時間を浪費させた上に、解決策も生まれないこのミーティング でさらに時間使わせる気ですか!? 弊社のサービスを修復することを最優先するっていう普通のことを考えられないですか?」と大激怒でした。

「普通」を軽んじられると強い拒否反応

 「普通」は人によって、立場によって、時と場合によって変わるものです。そして、明確には表現されることがありません。しかし、人は自分が「普通」と考えているものを軽んじられると非常に強い拒否反応を示すものです。ですから「普通」を注意深く扱わなければ大きなトラブルの元になるという私にとっての大きな教訓になっています。

苅野進(かりの・しん) 子供向けロジカルシンキング指導の専門家
学習塾ロジム代表
経営コンサルタントを経て、小学生から高校生向けに論理的思考力を養成する学習塾ロジムを2004年に設立。探求型のオリジナルワークショップによって「上手に試行錯誤をする」「適切なコミュニケーションで周りを巻き込む」ことで問題を解決できる人材を育成し、指導者養成にも取り組んでいる。著書に「10歳でもわかる問題解決の授業」「考える力とは問題をシンプルにすることである」など。東京大学文学部卒。

【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら