何かを始めるときにまずはカッコから入らないと気が済まない人がいます。勉強するとなればまずは参考書を買いそろえ、机の上の整理を万全にするところから入ります。事業を始めるならば会社のロゴを考え、凝りに凝った名刺を作ったりします。そうこうしている間に最初の熱量が失われてしまい、本来の目的にたどり着かないままちょっと失速気味になったりするのも憎めない人間の性質かもしれません。
そうなんです、いよいよ10月からのプレ運行がスタートした東京BRTも、なかなかのカッコマンぶりを発揮しているのです。
“BRTとは「Bus Rapid Transit」(バス高速輸送システム)の略です。連節バスの採用、走行空間の整備等により、路面電車と比較して遜色のない輸送力と機能を有し、定時性・速達性を確保した、バスをベースとした交通システムを指します。”(TOKYO BRTホームページより)
現時点ではただのバスと言えなくもない
ということで、BRTはバスであってバスではない乗り物なはずなのですが、現時点で辛口に言えば外見以外は限りなくバスかもしれません。乗り物好きだろう方もカメラ片手に試し乗りに来ていますが、ネットでもチラホラ「ただのバス?」とのツッコミの声が聞こえてきます。
やはり誰もが期待する定時性・速達性の肝となる、BRT進行方向の信号をどんどん青にしていく信号制御も未導入、カメラによる誘導でバス停5cm程度まで自動的に車両を寄せることができる正着制御も晴海BRTターミナルのみ導入の実験段階ということで、現在は一般道をただ普通に走っているだけと言えばその通りなのです。確かにプレ運行の環状2号線と晴海のエリアはオリンピックに向けて再開発されつつあるエリアですから、道幅も広くそもそも信号も少ないので普通に早いのですが、BRTという響きに大きな期待をするとちょっと肩透かしかもしれません。
しかも車両自体も、東京で目新しいのは二両編成の連結バスですが、今のところその連結バスは一編成だけです。従来型のバスに合わせて、未来感覚あふれる乗り心地の燃料電池バスTOYOTA SORAが多く配備されていて、それなりに期待感に応えてくれますが、今やこのSORA 都営バス他導入するバス会社も増え、某企業は社員送迎用にも利用しているくらいですから、何もBRTだけの乗り物ではありません。(ブランドウオッチング過去記事:「トヨタSORA」で未来を体感 五輪の東京走る燃料電池バス)
少子高齢化時代にピッタリの特性
とちょっと冷たいことを書きましたが、筆者自身はTOKYO BRTを応援したいと思います。
近年タワマンなどが建てられ開発が進められながらも、交通インフラの整備が遅れ気味の東京湾岸地域と都心を結ぶ足であるとともに、オリンピック開催時は選手村と各会場を結ぶために導入されたTOKYO BRTですが、日本の都市型交通インフラの将来モデルを提示できるかもしれないと考えるからです。
日本全国がすでに少子高齢化に突入し、ほとんどの都道府県の人口が前年比減少する中で、わずかに東京(他は神奈川県と沖縄県だけ)だけは人口を保っていますが、要は人口減も時間の問題に違いありません。
大きな人口を前提にした大量輸送型の巨大インフラをひたすら整備し拡大させる高度成長期型の発想では、結果インフラを維持するのもやっとということになりかねません。
しかもすでに幾重にも整備されている東京の鉄道インフラの密度を更に上げようとすれば、すでに東京メトロの比較的新しい駅などで起きていることですが、とんでもない地下深くなどに駅を立地せざるを得なくなりつつあります。
その点、BRTはフラットアクセスでバス停なども臨機応変に設置しやすく、明るい地上を走り喚起や騒音の面でも有利なバスというのは見直されるべき交通インフラに違いありません。何より、巨大な投資を将来負担にすることなく賄えるとこも現実的で、高度成長期と違いなかなか新しいインフラ投資に手が出ない時代の選択肢になるはずです。
もちろん、長年刷り込まれた「時間が読めない」「狭く、振動が大きく乗り心地が不快」というバス固有の深刻なデメリットが解消されるという大前提ではあり、それがゆえにバスならぬBRTのコンセプトに誰もが期待してしまうのだと思います。
レインボーの明るく未来志向のブランディング
ブランディングの視点で言えば、そんな世の中のBRTに対する期待感にTOKYO BRTは良く応えていると言えると思います。3案から一般意見40.7%で支持されたレインボーカラーを基調とした現在の案は「明るいイメージ」「バスを待つのが楽しみになるようなカラーリング」、「地下鉄の路線カラーにない色」ということで、確かに明るく未来志向のデザインでオリンピック施設のエリアを走るのに最適な選択だったに違いありません。
停留施設も、大きなヒサシにガラスなど先進的なイメージ、ブランドテーマカラーのレインボーもマッチしていて未来感を訴求しています。
何より、BRTというネーミングを主張したことが良かったと思います。ちょっと日本人には分かりにくい「Bus Rapid Transit」という言葉が、ちょっとしたマジックワードとして機能していて、新鮮さと先進感を感じさせる機能を果たしています。
やはりネーミングは大事です。
私は真逆の失敗事例として、同じ交通インフラでもかつて1987年国鉄がJRに民営化した際の、「国電」に代わる愛称として大々的に導入した「E電」という言葉がまったく定着せず死語となったことをつい思い出してしまいました。
インフラ物のネーミングは、決して分かりやすければそれで良いというものでもなく、この塩梅は本当に難しいですね。提供されるサービスの内容、時代、伝え方、もちろんネーミング自体含めなどすべての要素をピッタリと計算通りに世の中に受け入れてもらうことは至難という他ありません。TOKYO BRTはそんな第1段階をクリアしている訳ですからブランディング的には上場の滑り出しと言えると思います。
TOKYO BRTの名にふさわしい進化を期待
豊洲市場延期の影響で環状2号線の開通が遅れ、さらに新型コロナの流行の影響もありなかなかプレ運行さえ行えなかったTOKYO BRTですがようやくにして街を走りだしました。
近隣の地下鉄駅などにも動線を示す表示が多くないなど、まだまだの部分も正直多いです。とは言え、準備期間を延々ととってでも完璧なものにしなければ世の中にリリースしたがらない日本人も、まずはソフトオープンして、走りながら実のあるものに育てていくというスタイルがこれからは良いかもしれません。
BRTの取材中、お父さんに手を引かれた小さな女の子が、「ねえねえお父さん、このバスすごいバスなんだよ」と大きな声で叫んでいました。
女の子が学校に通う頃には、本当にそんな“すごいバス”になっていることを期待したいと思います。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら