ヤマト運輸を中心とするヤマトグループの制服が新しくなり9月中旬から街角でチラホラ見かけるようになりました。コーポレートカラーの深い緑に差し色の黄色が効いたカラースキームは、長年誰もが親しんだ色合いで初めて見ても違和感はありません。ポケットのシルエットが視覚化されるなど、機能的な印象が強調されていて、世の中がヤマトに期待する“縁の下の力持ち”的な信頼感を絶妙に表現しているように思います。
ここ10年ほどで一般向けのスポーツ、カジュアル着もさることながら、ワークウエアの世界でも機能性の高い繊維や縫製などの革新が進み、動きやすく働きやすいウエアが比較的容易に手に入るようになりました。そういう意味では、純粋に年々忙しくなっている運輸の現場にその恩恵をフィードバックするタイミングだったということが何よりも一義的な新ユニフォーム導入の理由かもしれません。
実際に、「伸縮性」「耐久性」「撥水性」「収納力」「防寒性」「安全性」という機能性の高さを東レや帝人フロンティアなどの繊維メーカーの協力も得て徹底追求したとのことです。
確かに一時期物流クライシスとまで指摘された、激増する通販などの荷物に対して、長年の労働慣行や頑張りで対応してきたのも限界が露わにもなりつつありました。だとすれば、少しでも快適に働けるユニフォームに刷新することは、スタッフのモチベーションも上がりますし、厳しい職場環境での生産性を少なからず上げることになり、とても合理的な取り組みであるように感じます。
モヤモヤを払拭する絶妙のタイミング
それにしてもこのタイミングの絶妙さです。新型コロナウイルス流行の影響で、多くの職業で異例の在宅勤務やリモートワークを余儀なくされる中、むしろライフラインとしての宅配便のありがたみを新ためて認識した人も多かったはずです。実際に宅配便のスタッフは、そんな厳しい状況の中で毎日変わらずというよりもむしろ忙しく社会を支えてくれた実感を誰もがかみしめてもいます。
ちょっと前を振り返れば、逼迫する労働環境の要請もありヤマト運輸は各荷主に値上げを提案せざるを得ず、本来であればデフレの時代打開の先陣と理解されても良い取り組みであったかもしれなかったものの、やや拙速、強引と受け取られ長年の得意先から不満の声があがってもいました。
もちろん今回の新制服、疑いなくかなり以前より準備された施策であることでしょうが、結果としてそんなモヤモヤを吹き飛ばし、社会に対してもコロナ流行最悪期からのリスタートを期する最高のタイミングだったのではないでしょうか。
「ヤマトは我なり」の先進性
ヤマトグループには「ヤマトは我なり」という社訓があるそうです。
https://www.yamato-hd.co.jp/company/precepts.html
自分自身=ヤマトという意識を持つべしという、全員経営の精神を表しているとのことです。この1931年(昭和6年)に制定されたという社訓、実は私には、最も先進的なブランド戦略の考え方に聞こえるのです。
ブランディングを考えるとき、核となるブランドコンセプトやブランドアイデンティティを伝える生活者や、ステイクホルダーとの接点を「コンタクトポイント」とか「タッチポイント」と呼びます。そう言うと何といってもメディアを活用した広告活動や広報活動が思い浮かべられることと思いますし、実際にそれらが主要な「タッチポイント」であることに変わりはないのですが、例えばお店の構えや売り場、商品、持ち帰りのためのショッパー、パンフレットなどありとあらゆるものが「タッチポイント」になり得ます。むしろ、マイナーと思われるような接点にまで、そのブランドの魂が浸透していて、ブレずに一貫した価値を訴求できればそのブランドから受ける生活者の印象はより深く、鮮明なものとなります。
そんなブランド価値を伝えていく上で、実は死活的に重要な「タッチポイント」が「社員」「スタッフ」なのです。どんなに製品、広告、店構えがしっかりしていてもそれを企画し生産し販売する社員がブランド価値を理解体現してなければ、顧客もシラケてしまうに違いありません。
例えば、最終製品を持たない、広告会社や商社などBtoBサービスでは、当然の大前提として「社員、スタッフ」の評価がその企業のブランド評価そのものです。ヤマト運輸も法人向け運輸サービスから民間世帯向けの“宅急便”サービスに移行した歴史からも、社員というタッチポイントの重要さに気づいていたということかもしれません。それにしても、当時不安定な立場で働く人が多かったドライバーをいち早く社員化したという逸話は、この社訓がいかに理念だけを表す建前的なものでなくて、まさに企業の盛衰をかけた確信に満ちたものであったかということを示していると感心してしまいます。
そんなヤマトグループ最大の「タッチポイント」である社員=セールスドライバーなどが着るユニフォームが刷新されるということは、まさにヤマトグループのブランディング活動が新しいフェイズに入ることを意味するわけです。
作為を感じさせないから受け入れられる達人ブランディング
そんなある意味理想的なブランディングを実践しているヤマト運輸ですが、実際に各種のブランド評価調査などでかなり評価が高いことでも知られています。世界的ブランドであるアップルやソニーなどと同水準のスコアを獲得している調査もあるぐらいです。
そして私が何より強いと思うのは、そんな高いブランドを維持する活動があからさまな作為を感じさせないかたちで実践されていることです。やはり、日々街で寸暇を惜しんで荷物を運び届けてくれる、ヤマトマン・ヤマトウーマンの誤魔化しのない活動を超えるブランディング活動はちょっと想像できません。今回ユニフォームを刷新するにしても、ごく実用的、機能的目的が出発点にあることが感じられます。
ネット全盛時代となり、かつてのようにメディアや企業側と生活者の間に厳然とあった「情報の非対称性」つまり、持っている情報量と発信力の圧倒的な格差を前提とした一方的な情報発信は説得力を持たないだけでなく、むしろ嫌悪感さえもたれるようになりました。
そんな時代だからこそ更に伝わる、「ヤマトは我なり」という理念を愚直に実践するがゆえの信頼感。たかが新ユニフォーム、されど新ユニフォーム。ヤマトグループの新ユニフォームが体現するブランディングの極意は、他業種にとっても大いに参考となる点が多いよう思います。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら