今日から使えるロジカルシンキング

投資家のお金で起業ってどうなの? ベンチャーキャピタルのよく知らない性質

苅野進

 私が経営するロジカルシンキングの学習塾を卒業した大学生から「起業」についてのアドバイスを求められることが多くなってきました。

 経産省の調査によると2019年時点で大学発ベンチャー企業は2566社あり、大学院の生徒数でも1位と2位となっている東京大学(268社)、京都大学(191社)が企業数でも1位と2位となっています。

 起業の相談内容で、ビジネスアイデアと同じくらいの割合で多いのが「お金」にまつわるものです。すでに社会人として働いていらっしゃる読者の皆さんのほうが「起業」を考える時に真っ先に「お金」について考えるのではないでしょうか。大学生や「普通の」社会人の方が「起業するために必要なお金」を考えるとき、真っ先に思いつくのが「自分の貯金」ですが、うっすらと、「『投資家』とか『ベンチャーキャピタル』とかがお金を出してくれるらしい」という情報も耳にしているようです。

 今回は「投資家が出してくれるお金」の性質についてポイントをご紹介したいと思います。今回は、身近になっているけれどよくわからない「ベンチャーキャピタル」を例とします。

ハイリターン求めるベンチャーキャピタルとの「取り決め」

 ご存じのとおり、ベンチャーキャピタル(VC)とは、スタートアップやベンチャー企業に出資する投資会社です。しかし、多くの方が、「ベンチャーキャピタルにお金を出してもらう」=「株式を与える」=「議決権を与える」くらいに考えていると思います。

 実際に、起業相談にくる学生の中には「借金ではないお金を与えてくれて、アドバイスもくれる。議決権くらいいくらでもどうぞ」と考える人のほうが多い印象です。2/3の議決権があれば、会社の重要なことを決定する特別決議を可決できます。1/3を所有していれば拒否権を持つことができます。しかし、そういったわかりやすい「数」の話とは別に、ベンチャーキャピタルがお金を出して株主になるときには、特別な約束である「株主間契約」というものが発生します。理解しやすいものでは、

  • 取締役などを派遣して経営をコントロールする
  • 必要な情報を開示する
  • 重要事項の変更・決定について関与する

 などがありますね。このあたりは「お金を出すんだから、そんなもんか」と考えられるものです。これらに加え、ベンチャーキャピタルはリスク回避と利益確保のために数多くの取り決めを要求してきます。

ベンチャーキャピタルが要求してくる権利

「会社精算時の残余財産優先権」

 文字通り、会社を清算しなくてはならなくなったときに債権者に支払ったあとの残りの財産を起業家よりも優先して受け取る権利です。わかりやすいリスク回避ですね。

「会社が買収されたときの対価を優先的に受け取る権利」

 上と同じようなもので、買収されたときの対価を会社が清算されたのと同じように扱って、対価を分配するものです。いずれも、株主としては平等であるにも関わらずベンチャーキャピタルのほうがリスク面で優遇される契約になります。

「買収提案を決定する権利」

 「買収提案を決定する権利」とはつまり、ベンチャーキャピタルが「会社を売却しなさい」と決めることのできる権利です。

「いざとなったら起業家にベンチャーキャピタルの株を買い戻させる権利」

 起業家が悪いことをしたり、契約違反行為をしたりした場合はもちろんですが、その他にも様々な条件で買い戻しを請求できる契約が存在します。主なもので株式上場に関するものです。ベンチャーキャピタルには、お金を出している投資家がいます。ベンチャーキャピタルは、投資家から預かったお金を自らの目利きで見つけてきた投資先の株式取得と上場しての売却によって利益を生み出さなければなりません。そして、投資家との契約は5年ほどを標準として決まっています。

 よって、「いついつまでにIPO(新規株式公開)できなければ株を買い戻してください」という契約を要求してくることが多いのです。これは株の買い戻し金額が「買い戻し時の算出」による場合、最初に出資してもらった時よりも金額が高くなっていることが多いので、起業家としてはかなりの支出を必要とする危険なものでもあります。

「創業者の専念義務」

 創業者の能力は、企業の成長力に大きく寄与するものです。よって、投資する側としては物的資産以上に成長のために重要視する資産だと言えます。よってこの契約により、投資側の事前承認なく経営者の兼職、兼業を禁止しようとするのです。また、許可なく取締役を辞任したり、再選を拒否したりもできないとすることが多いです。

計画の性質に合った資金調達先選び

 ベンチャーキャピタルからの投資を怖がらせる意図はありません。基本的にかなり親身に企業が大きくなるためのサポートをしてくれる存在です。

 しかし、ベンチャーキャピタルのほかにも、金融機関からの借り入れ、エンジェル投資家、最近増えている事業会社が運営するコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)など様々な資金の調達先があります。商品の企画段階で代金を集めるクラウドファンディングなどもあります。借り入れを恐れず、計画に合った性質の資金を調達することが企業を運営する上で非常に重要なのです。

 ちなみに自分の資金による起業アイデアであっても上記のような資金提供者にプレゼンする機会をなるべく多く持つことをお勧めします。シビアに判定してきますが、先方も優良な投資先を探し出すことが仕事です。どこが足りないのか、どうしたら良さそうかというかなり現実的なアドバイスをもらえるはずです。

苅野進(かりの・しん) 子供向けロジカルシンキング指導の専門家
学習塾ロジム代表
経営コンサルタントを経て、小学生から高校生向けに論理的思考力を養成する学習塾ロジムを2004年に設立。探求型のオリジナルワークショップによって「上手に試行錯誤をする」「適切なコミュニケーションで周りを巻き込む」ことで問題を解決できる人材を育成し、指導者養成にも取り組んでいる。著書に「10歳でもわかる問題解決の授業」「考える力とは問題をシンプルにすることである」など。東京大学文学部卒。

【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら