今日から使えるロジカルシンキング

あつ森でVALENTINOを着たい 「バーチャル空間でリアルを求める」層が出現

苅野進

 第34回 「リアル」とは何か? 強制的にバーチャルに放り込まれると…

 「あつまれ どうぶつの森(あつ森)」をご存知でしょうか。任天堂の「Nintendo Switch(ニンテンドースイッチ)」という機器で楽しめるゲームソフトで、500万本を超える大ヒット作となっています。あつ森は、「敵を倒してクリアする」という昔ながらの設定ではなく、主人公が無人島で色々なものを手に入れながら自分の世界を作り上げていき、さらには友人のつくりあげた島へと遊びにいくなどの交流を楽しめるものです。

 大きなニュースになったのが、「THE MARC JACOBS(マーク・ジェイコブス)」や「VALENTINO(ヴァレンティノ)」といったアパレルのハイブランドが公式に、あつ森で主人公がゲーム内で身につける洋服のデザインを提供したことです。ここまででもうお分かりかもしれませんが、今回のテーマは「バーチャルな世界でのビジネス」です。

 「バーチャル=逃げ場所」ではなくなっている

 インターネット上に仮想世界をつくるというソフト「Second Life(セカンドライフ)」はリリースされた2003年当時、大きなブームになると煽られていました。バーチャルな世界での商行為の可能性が大きくクローズアップされていましたが、盛り上がらずに終わってしまいました。

 しかし、近年では当時とは比べものにならないくらい、「バーチャル」での生活が大きなウエイトを占めている人が増えてきています。あつ森というゲーム内でハイブランドのVALENTINOの洋服を着て何が嬉しいのか?」という感覚は、「リアル」を中心にビジネスをしてきた層にはまだまだ多いのかもしれません。

 一生懸命に写真を加工してSNSにアップする人に対して、「現実の自分を見つめて研鑚すべきだ」という批判じみた声を上げる人は少なくありません。しかし、ネット上の世界が実体のない虚構の世界だという考えは捨てなければなりません。ネット上のみで出会い、仕事が完結し、大きな金額まで動いている以上、ネットの世界はもはや「オフィシャル」な場になっています。スーツを着て、身だしなみを整えて印象を良くしようという試みと写真の加工は同じ意味なのです。

 「リア充」という言葉があるように、ついこの間までは「リアル」な世界が「バーチャル」とは別に存在していたと言えます。「リアル」には「リアル」の良さがあり、「バーチャル」には別のルールで事が進んでいく良さがあります。そして、社会的評価としては「リアル」が充実していない人たちが逃げ込む場のようなものとなっていました。よって、「写真加工」や「ゲーム内課金」による自分の“バージョンアップ”はリアルの住人からすれば独特の世界であり、ビジネスチャンスはあるにしても、リアル世界のビジネスに浸っている人間が簡単に顧客の心を掴むことのできる分野ではなかったのです。しかし、「ゲーム内課金」によって「バーチャル」が大きな商圏であることを理解しなくてはならなくなってきています。

 バーチャル世界でも価値観は「リアル」

 ここまでの話は、実はここ数年大きなテーマにもなっていたので新しさを感じない方も多いかもしれませんね。最後にこの3カ月ほどで大きなテーマとなっている切り口をご紹介したいと思います。

 それは、「リアルのルールから逃れるために、バーチャルな世界へと移行する」のではなく、「強制的」にバーチャルの世界に移動させられた人々が、「バーチャルな世界でも、自分たちの元の(リアルな世界での)ルールと価値観で行動したい」という動きのことです。

 コロナで起きたのは、「リアル」で生きていた大量の人々が半ば強制的に「バーチャル」の世界での生活を余儀なくさせられたことです。新入社員の中には一度も出社することなく、そして上司に同行する経験もなく顧客への営業活動を始めた方もいるはずです。多くの人々は、居心地の良い場所として選んだのではなく、天変地異のような形でバーチャルな世界に放り出されたのです。

 VALENTINOを着て目立ちたい、という極めて「リアル」な価値観が突然ゲームの世界に持ち込まれたのは象徴的だと言えます。バーチャルの世界でもリアルの世界と同様に上下関係を明らかにしたい、所属・経歴によって差別化したいというニーズは非常に大きいのです。

 「オンライン社員食堂」にもニーズが生まれるかもしれない時代

 オンライン会議でのスーツ着用や役職の表示、退出順のルールなどバーチャルを好む層からすれば馬鹿らしいと思うものでも、リアルの世界では心地よいと考える方は多いのです。これは上役だけでなく、気を使っている部下の方にも根強く残る考え方です。こういう人々を時代遅れと馬鹿にしたり、切り捨てたりするのはビジネスを考える人間としてはちょっと問題です。急激な変化に戸惑う層のための橋渡しをするサービスのニーズが高まっています。

 「オンライン接待」「オンライン社員食堂」「オンラインで名刺交換」など、バーチャル・オンラインの世界では「なくすことができる」と考えがちですが、オンラインでも実現したいというニーズをすくい上げるビジネスチャンスは数多く残っています。ここが、これまでの「バーチャル空間ビジネス」とは違う点だと言えるでしょう。

苅野進(かりの・しん) 子供向けロジカルシンキング指導の専門家
学習塾ロジム代表
経営コンサルタントを経て、小学生から高校生向けに論理的思考力を養成する学習塾ロジムを2004年に設立。探求型のオリジナルワークショップによって「上手に試行錯誤をする」「適切なコミュニケーションで周りを巻き込む」ことで問題を解決できる人材を育成し、指導者養成にも取り組んでいる。著書に「10歳でもわかる問題解決の授業」「考える力とは問題をシンプルにすることである」など。東京大学文学部卒。

【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら