第30回 低性能と低価格で市場を破壊するイノベーションとは
コロナの影響による学校や学習塾の閉鎖によって「オンライン学習」が注目を浴びるようになりました。YouTubeに録画した授業をアップロードして閲覧してもらう形式や、SkypeやZoomなどのオンライン会議システムを活用して、双方向のやり取りを実現する形式など各校、各先生方が工夫をしながら対応に追われていました。
「オンライン学習」については、昔から様々な業者が導入を提案していましたが、様々な理由によって現場から拒否されてきたというのが実情です。一言で言えば、
- 「対面でしか教えられないことがある」
ということでしょうか。「生徒の表情が細かく見える」とか「先生が教室を動き回れることで出来を確認する」などです。
しかし、今回は状況が状況なので無理やり導入された感がありますね。先生によっては非常に大きな苦労をされたことだと思います。
しかし6月に入り、ついに登校が可能になりました。多くの先生たちからは「やはり対面で通ってもらうのが一番」という声が漏れてきています。サービスを提供する先生側としては「慣れた環境だと楽」というのもあるとは思いますが、やはり「オンラインより質の高い授業が提供できる」という感触があるようです。
今回は、米ハーバードビジネススクール(ハーバード大学経営大学院)のクリステンセン教授が提唱した概念「破壊的イノベーション」の中で意外と見落とされがちなポイントについて紹介したいと思います。
「破壊的イノベーション」には2タイプある
「破壊的イノベーション」という言葉はあまりにも有名で一人歩きしています。みなさんも、このワードから「市場を一気に破壊してしまう、つまり既存のプレイヤーを一気に飲み込んでしまうような革新的技術」という印象をお持ちでしょう。カセットテープを駆逐したCDや個人経営の商店を物流・生産管理システムで追いやったコンビニなどは非常にわかりやすい例ですね。
これらのように「性能向上」によって既存のプレイヤーを倒してしまうものをクリステンセン教授は「持続的イノベーション」と呼んでいて、「破壊的イノベーション」とは別のものだと説明しています。「持続的イノベーション」は既存の製品や市場のクオリティを同じ方向性で上回るものです。
クリステンセン教授はさらに、「破壊的イノベーション」を2タイプに分類しています。
(A)市場がないと思われていた分野に需要を生み出して、既存市場を侵食する
(B)「性能が低くて安い」と思われていたものが、その低価格とシンプルさで、「過剰なサービス」で溢れる既存市場を侵食する
(A)はYouTubeが挙げられるのではないでしょうか。テレビ番組でも映画でもない「素人の他人が投稿する映像」を観るという市場などありませんでした。それがいつのまにか既存市場を破壊し始めたのです。YouTubeが登場したときの既存メディアの人々の多くは「そんなものは誰が見たいんだ?」という印象を持っていました。
今回みなさんにぜひ考えていただきたいのが(B)タイプの破壊的イノベーションです。
(B)は回転寿司が挙げられるでしょう。「誰が握ったのかわからない、安い寿司なんて寿司じゃないだろう」という職人たちの思いとは裏腹に、「既存の寿司屋ほどの付加価値やクオリティは求めない」という消費者層がかなり多かったということが顕在化しました。
教授は、このタイプを「ローエンド型破壊的イノベーション」と呼んでいます。いまでも「回転寿司の寿司なんて…」と言いながら、閉店に追い込まれていく寿司店は少なくありません。その一方で、市場を奪うことによって規模の利点やさらなる技術革新によって低価格のままクオリティを上げていく回転寿司勢力が台頭してきているという構図です。
「急場凌ぎ」だったモノやサービスの質が急激に高まる
わたしは、コロナによる強制的なオンライン授業から解放された先生たちの声を聞いていると同じような破壊的イノベーションが近づいているのを強く感じます。「私たちのサービスはオンラインなどには代替できないものだ」という思いは理解できます。しかし、
「オンラインでも十分だな」
という気づきが生まれ、既存のサービスから離れる層が相当数出てきます。そして、そこからいつのまにか
「オンラインのクオリティが急激に高まる」
というフェーズがやってくるのです。
コロナによる急激な要求により、多くの「急場凌ぎ」とも言える対応が生まれました。コロナによる休業要請などが緩和された今、いろいろなところから「色々考えたけど、やっぱり元の状態が一番だよな」という声が聞こえます。しかし、「急場凌ぎ」の低い性能、つまりローエンド型の解決策がいつのまにか既存市場を破壊する可能性も大いにあります。既存プレイヤーが安心している足元で恐ろしいほどに静かに、無慈悲に進むのがこのローエンド型破壊的イノベーションの怖いところです。そして、破壊されるまで「状況を認めたくない」という思いも強いのが難しいところです。
「やっぱり実際に会ってなんぼだ」と考える営業マンは、「オンライン営業なんて」と考えてしまいがちですね。しかし、「オンラインで十分だ」という顧客層が生まれたこと、そしてそれは知らず知らずのうちに従来型の営業職市場を壊す可能性があるのです。
コロナによって生まれた「小さくて、稚拙なサービス」を忘れてはいけないのです。
【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら