元受付嬢CEOの視線

オフィス不要論に異議あり 「会社は第二の実家」という社員発言の重み

橋本真里子

 新型コロナウイルスの流行を受けて、在宅勤務が浸透してきている今、「オフィスは本当に必要か?」という声、つまり「オフィス不要論」が台頭しています。5月の時点で、都心のオフィスビルの空室率が3カ月連続で小幅上昇しているという報道もあります。リモートワークへの完全シフトだけでなく業績悪化なども含めて、空室率は今後も上昇が続くと見込まれています。

 私も複数の取材をお受けする中で、この質問は毎回と言っていいほど聞かれます。まだ状況が日に日に変化しているので「コレ」と言った答えは出せていません。しかし、現時点では「これからもオフィスは必要だ」と思っています。「もしかすると、オフィスは今まで以上に必要とされるかもしれない」とも感じています。その理由と、経営者としてどうしていこうと考えているのかお話ししたいと思います。

 そもそもオフィスは何のためにある?

 私が「オフィスはなくならない」と思っている理由の一つとして、「オフィスって、ただ作業するための場所だったっけ?」という疑問が自分の中にあるからです。たしかに単純に作業するだけなら、家でもカフェでもオフィスでも大差ありません。しかし構造を考えてみても、オフィスは単純に作業するためだけに作られていません。

 オフィスの利点として、体の負担を軽減するデスクや椅子が完備されているというのはもちろんですが、それだけではありません。会議室やコラボレーションできるスペースや休憩スペース、そして食事をとるような社員食堂…。以前と比べると、それらの位置付けにも変化が起きていると思います。

 オフィスでの社員同士の交流が会社にとって重要で、それらがより活性化するような工夫を重ねているからです。オフィスはコラボレーションを生む場所という認識が浸透しているのです。もしオフィスがなくなった場合、今まで会社が大切にしてきた社員のコラボレーションをなくしてしまうことにつながります。

 例えば、Googleはオフィス移転のたびに多大な投資をして話題になります。Googleはオフィスを、コラボレーションを生む大切な場所ととらえ、社員たちが出勤したくなるような、また転職者が同社で働きたくなるような空間づくりを体現しています。私はその考えに大いに賛同します。

 「オフィスは第二の実家」発言の本当の意味

 弊社の社員の一人が過去にこんなことを言いました。

  • 「オフィスは第二の実家です!」

 その時はただ「嬉しいことを言ってくれるなー」と思った程度でした。しかし、今考えてみるとこれはオフィスの存在意義を考える上で非常に重要なキーワードになってくると思っています。

 例えば「一人暮らしで問題ないから、実家なくすね」と言われたら? 物理的には問題ないかもしれないですが、精神的にはどうでしょうか。多くの人が不安や寂しさを感じると思います。それは成長する過程で、あるいは離れて住むうちに、実家が「暮らす場所」から「集う場所」に変化しているからです。これはオフィスにおいても同じことが言えると思います。通勤するうちに「働く場所」から「集う場所」になるということです。

 例えば、友人とのコミュニケーションも今はオンライン、いわゆる「zoom飲み」でライトには行いやすい環境です。しかし、この先も「オンラインだけ」と限定されてしまうと「それは考えもの…」と思いませんか? 

 日常的であっても、オンラインミーティングでは関係性の維持どころか向上はなかなか望めないと思います。「オフィスをなくす代わりに4半期に1回は集まる場所やイベントを作ります」と言ってもこの問題は解決しないでしょう。友人関係のように、お互いが会いたい・会う必要があると思った時に集まることが重要で、特に仕事を進める上で集まりたい時に集まれる空間があると言うのは非常に重要だと思います。

 集団行動は人間の本能であり日本人の習性?

 霊長類研究の第一人者で、京都大学総長の山極壽一氏のお話からもヒントを得ました。人間も昔は大自然のなかで集団をつくって暮らしていました。動物はエサを探すため、そして子孫を多く残すために「群れ」をつくりますが、人間もその「群れ」で行動していたそうです。そして進化していく中で、人間の集団は「群れ」から、目的を共有する「チーム」に変化していきました。チーム内では個々がそれぞれの意志を持っています。狩りなどの場面では、他の動物にはない「想像力」を働かせながら役割を分担し成功させようと協力するようになったそうです。

 失敗したら改善案を出し、進化してきました。長い歴史の中で見ても、これは今も変わらず習性として残っていると思います。この話は「人類」として大きく捉えた話ですが、私はこれを日本人にフォーカスして考えてみました。

 日本語に「同じ釜の飯を食う」ということわざがあります。生活を共にしたり、同じ職場で働いたりして、苦楽を共にした親しい間柄の例えです。日本は島国で、長い間他国との交流がありませんでした。それゆえ、歴史上でも地域の人々などとの集団での行動が目立ちます。例えば、田植えなどの農耕もその一つと言えると思います。これだけ長い歴史の中で集団行動を継続してきている日本人が、いきなりオフィスという「時間を共にする場」がなくなってしまって、問題が起きないとは言いきりがたいと思います。

 「オフィスは本当に必要か?」に私なりの答え

 弊社はやはり、今後もオフィスはなくしません。

 オフィスは大事なコラボレーションの場であり、社員が集まれる空間は必要です。これまでオフィスで育んできたような関係を、年に数回のイベントで培うことはできません。

 また弊社はオフィス空間を効率化するサービスを提供しています。いわば弊社のオフィスは自分たちのサービスを体現する場でもあると考えています。

 以前、この連載でオフィス移転についての想いをお伝えしましたが、経営者として、オフィスを社員が単純に作業をする場と思って作っていません。社員への日頃の感謝の気持ちを込めて、楽しく幸せに働ける、笑顔になれる空間に出会って欲しいという想いで作りました。そういった会社のカラーや経営者の思い、そして自社サービスの体現・PRの場でもありますから、オフィスは大切な空間です。これからも今まで以上に快適な空間にしていきたいと思っています。

橋本真里子(はしもと・まりこ) 株式会社RECEPTIONIST 代表取締役CEO
1981年生まれ。三重県鈴鹿市出身。武蔵野女子大学(現・武蔵野大学)英語英米文学科卒業。2005年より、トランスコスモスにて受付のキャリアをスタート。その後USEN、ミクシィやGMOインターネットなど、上場企業5社の受付に従事。受付嬢として11年、のべ120万人以上の接客を担当。長年の受付業務経験を生かしながら、受付の効率化を目指し、16年にRECEPTIONIST(旧ディライテッド)を設立。17年に、クラウド型受付システム「RECEPTIONIST」をリリース。

【元受付嬢CEOの視線】は受付嬢から起業家に転身した橋本真里子さんが“受付と企業の裏側”を紹介する連載コラムです。更新は隔週木曜日。アーカイブはこちら