【ミラノの創作系男子たち】イタリア食材の伝道師 隔離生活でも「走り回る」

 
エロス・ピッコ氏
日本人の玲子さんと2009年4月30日に結婚。ちょうど、ぼくがインタビューした翌日が結婚記念日だった

 クリエイティブなシェフは毎日忙しい。新型コロナ禍による封鎖状況にあって自宅に籠りきりでも、やりたいことはたくさんあるし、多くの人に頼りにされるから相談にのることも多い。そのうえ4人家族の夕食もつくる。

 「アストリートが練習をしないと身体がなまるのと同じ。料理人も数日、厨房に立たないと、無性に新しい料理を試みたくなる」とエロス・ピッコは語る。日々、新しいアイデアの料理が食卓をかざり、奥さんや子供たちは大喜びだ。

 エロスは現在、40代後半。3年前までミシュラン1つ星のレストランをミラノ市内で経営してきた。その後、ビジネスコンサルタントと手を組み、イタリアの食材を世界に広げるための「仕掛け」に注力する会社をはじめる。

 輸出そのものも行うが、イタリア食材を使ってもらう環境づくりから考えていくのだ。即ち、教育やショークッキングまで、ソフトウェアを提供する。もちろん自らも教える。近くはバルカン半島諸国、メキシコ、ブラジル、中国そして日本にも舞台を広げている。

 コックコートにも拘る。

 「従来の服は、サイズがフレキブルにできているものが多いから、逆にこれという動作がしにくいという問題があってね。それでオーダーメイドでつくった。そして生地も自分なりに選んだ試作品も用意し、ショークッキングで披露していくつもり」

 こうやってビジネスをどんどん広げていく。前述したように、相談も多い。現在、飲食店内での営業が中止されている(店内での飲食許可は6月1日以降と予定されている)。しかし宅配は認められている。そこで色々な業者から「宅配にあったメニューとは?」「宅配の衛生上管理をどうするか?」とアドバイスを求められる。

 ぼくがエロスにインタビューした前日もウェビナーで100人以上に、この案件のレクチャーをしたようだ。かように家のなかでも「走り回っている」。

 エロスは幼少の頃から、泥で料理ごっこをするのが大好きだった。泥と草でつくった料理を並べる。特に彼の得意は練ることだ。そして11歳の時、叔父さんの経営するレストランで手伝い、「あの泥遊びと同じだ!」と気づいたのである。なんと幸運な人生だろう。こうして彼は料理で生きていこうと決意するのだ。

 20歳前後までにイタリアのいくつかのレストランで働いた後、彼はフランスに行こうと考える。1990年代の前半、フランスにはじまったヌーベルキュイジーヌの影響がイタリアにもあった。だが、まだイタリアのオリジナルといえるアイデアには乏しいと感じたのだ。

 「これはフランスで学ぶしかない」

 そして、フランス北西部にあるシャトーのミシュラン2つ星のレストランで「軍隊的修行」を受ける。上着にちょっとでもシミがついている、髭の剃り残しがある。すると「出直してこい!」と怒鳴られるのだ。こうした経験をイタリアではしたことがなかった。

 修行後、イタリアに戻る。ミラノで始めた店は開店直後から大評判になり、連日満席になる。1990年代後半、珍しい食材と工夫を凝らした盛り付けはミラノでは目をひいた。この店が2007年から1つ星をとってきたわけだ。

 コックコートの例にあるように、彼は何に対しても拘る。パーソナライズに並々ならぬ情熱を注ぐのである。厨房で使う包丁が専用に作られているのは言うまでもなく、自分の髭剃りの剃刀も特注品だ。ちゃんとブラシで泡立て、一枚刃でじっくりと剃っていく。それにペルージャの5世紀続く鍛治工房で作ってもらった剃刀を使うのである。

 こういう性格だから、隔離生活だからといって、じっとしていられないのだろう。

 「こんな日々でも、いつでも食や技術などについて研究しているよ。味と香りの組み合わせ具合とか。例えば、クリスマスに食べるパネットーネのようなイタリアの伝統的な菓子も、砂糖を減らす、あるいは全く使わないとかね。また、子どもと一緒にショートパスタをつくったりもするし(笑)」

 そういえば、最近、中国から打診を受けていることがある。それは赤ん坊用の食品の開発だ。ベビーフードの安全性への関心が高いためだ。星付きシェフの食品が望まれる背景である。

 一方、イタリア食品の輸出やイベントも含め、多くのプロジェクトが中断している。なかなか営業再開がはかれない飲食店は、これからも苦難の道が予想されている。特に店内で「社会的距離」を維持するとなると、今までのような席数を用意することは難しい。だからこそ、持ち帰りや宅配サービスの内容充実などやるべきことは多い。

 ぼくもこの2カ月間、自宅だけで食事をしてきて、やはりたまに賑やかなレストランの雰囲気を懐かしく思う。だが、それ以上にプロが作った料理を食べたいとの願望が日に日に募る。舌が、身体が求めるのだ。

 そう思っているとき、エロスと電話で話したのである。彼がこの異例の生活で深めたさまざまなアイデアが、夏以降、一気に爆発するはずだ。具体化されていく様子が目に見えるようだ。とても楽しみである。

【プロフィール】安西洋之(あんざい・ひろゆき)

モバイルクルーズ株式会社代表取締役
De-Tales ltdデイレクター

ミラノと東京を拠点にビジネスプランナーとして活動。異文化理解とデザインを連携させたローカリゼーションマップ主宰。特に、2017年より「意味のイノベーション」のエヴァンゲリスト的活動を行い、ローカリゼーションと「意味のイノベーション」の結合を図っている。書籍に『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?:世界を魅了する<意味>の戦略的デザイン』『イタリアで福島は』『世界の中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』『ヨーロッパの目 日本の目 文化のリアリティを読み解く』。共著に『デザインの次に来るもの』『「マルちゃん」はなぜメキシコの国民食になったのか?世界で売れる商品の異文化対応力』。監修にロベルト・ベルガンティ『突破するデザイン』。
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ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。