【ブランドウォッチング】BMWが新しいロゴで打って出た 風雲急を告げる自動車業界を象徴

 
BMWロゴの変遷(BMW本国HPより)
EVコンセプトカーi4のボンネットに新しいロゴ(BMW HPより)
EVコンセプトカーi4の内装にも新ロゴ(BMW HPより)
twitterにも早速新しいロゴ(BMW公式twitterより)
アイソレーションスペースを取った従来のロゴ(BMWリーフレットより)
アイソレーションスペースを必要としない新しいロゴ(BMW HPより)

 去る3月4日に突然BMWの新しいブランドロゴが発表されました。従来の黒い外周に白抜きBMWのその黒の部分が透明になったイメージは、デザインを構成する要素はまったく変わっていないにも関わらず、大きく印象が変わって見え、結構なインパクトがあります。なんでも23年ぶりの新ブランドロゴだそうです。

 アイソレーションスペースを要求しない斬新さ

 それにしても斬新なのが、この新しいロゴ、写真や背景の上で使うことを前提にしているようで実際に写真の上に乗っかっています。つまり透明なロゴを通して背景の写真が見えるのです。

 これはありそうでなかったチャレンジです。ブランドロゴの位置づけはどんな企業にとってもそうですが、特に自動車会社にとって極めて重要です。実際に各社のVI(ビジュアルアイデンティティ)を規定するブランドブックには、ありとあらゆる使われ方を想定したDo/Don't doのガイドラインが定義されています。そして従来の常識で言えば、その中でももっとも厳重かつ気を遣う部分が「アイソレーションスペース」の確保、つまり、ロゴの背景や周囲のある範囲(条件によってmm単位で規定されていることがほとんど)に他の表現要素を置かないとか、背景は白に限るなどの約束ごとです。ロゴには自動車会社の魂が込められているものだから、どんな国、どんなメディアでも常に同じ見せ方、見え方をしなければならないとの思想がその背景にはあります。実際に従来のBMWロゴはきっちりアイソレーションスペースを取って配置されてきました。

 確かに、グラフィックデザインで言えば新聞、雑誌、カタログを中心とした紙媒体メインだった時代から、ウエブでの訴求割合が年々高まり、基本的に紙媒体を前提にしたブランディングの考え方では実務上使い勝手が悪い場面が多々あったことも事実です。となればアイソレーションスペースをあまり気にせずロゴを使えた方がウエブメディア時代のデザインには好都合であるかもしれません。

 挑戦者BMW

 それにしても、らしいな、と思ったのはそれがBMWだったからです。今や、ドイツプレミアムカーブランドのメルセデスベンツとの双璧、もしくはこの2大メーカーにアウディを加える場合もあるかもしれませんが、12気筒エンジンを積んだトップエンドサルーンからBMWで言えば1シリーズ、メルセデスベンツで言えばA classのCセグメントまでフルラインナップでしのぎを削るドイツプレミアムブランド両雄として確固たる地位を築いているBMWですが、歴史的には常に王者メルセデスベンツに対する挑戦者でした。

 何しろメルセデスベンツは、世界最古の自動車会社を起源にもち「最善か無か」を標榜してきた歴史的トップメーカーです。ブランドロゴのスリーポインテッドスターも「陸・海・空」での繁栄を表象する絶対神のごとき存在。1900年代後半までには高級車メーカーとしての地位を確立していたメルセデスベンツに対して、BMWは1962年新発売の1500シリーズや、その系譜を継ぐ2002、1975年以降の3シリーズなど着実にミドルクラスのセダンでヒットを積み重ねながら、メルセデスベンツと真っ向勝負する上位クラスまでじっくりとラインナップを拡充してきた経緯があります。

 特に、上級サルーンが主流だったメルセデスベンツとの違いを鮮明にするためにも、常にスポーツネスの追求には力を入れており、時代ごとに少量生産のスポーツカーM1やZクラスを投入したり、自社チューニングの先駆けとなったM Sportsなどで「駆け抜ける歓び」を訴求してきたのでした。

 「エンジン屋」の強みをいかに未来に継承するか

 BMWの名前の由来は「Bayerische Motoren Werke(バイエリッシェ モトーレン ヴェルケ)AG」。日本語に訳せばバイエルン発動機製造株式会社でしょうか。なんともエンジンの存在感を強く意識させる名前です。実際にBMWのシルキーシックスと評された直列6気筒エンジンは歴史的な存在ですし、バイクでも有名なBMWがそのエンジンパワーに由来するドライビングプレジャーへの支持で成功、成長してきたことは紛れもない事実なのです。

 しかし自動車業界を取り巻く環境の激変はCASEを始め劇的なパラダイムシフトを起こしつつあります。自動車の動力1つをとっても、エンジンからEV(電気自動車)やFCV(燃料電池自動車)のモーターへのシフトが大きな流れを作りつつあります。例えば、最近新発売されたポルシェのピュアEVの4ドアスポーツカー「タイカン」の試乗記では、今まで内燃機関の唱道者であった自動車評論家たちがこぞって、そのパフォーマンスとドライビングプレジャーを絶賛しており潮目の変化を感じさせます。

 実はBMWも電気自動車の研究開発には長年力を入れており、例えばすでに2012年には1シリーズをベースにしたActive EというEVを、日本ではカーシェアで利用できる社会実験を行っていました。当時私も乗ってみたのですが、ワープするような音もない強烈な加速感には衝撃を受けたものでした。

 今回の新ブランドロゴ、基本的には車両や店舗のロゴは従来のものを使い、SNSやウエブなどコミュニケーション用に使うとのアナウンスですが、「BMW Concept i4」という600kmの最大航続可能距離を実現したEVコンセプトカーのボンネットにはこの新しいロゴが飾られています。

 やはりこの新ロゴデザインが、内燃機関時代のどこか油くさいイメージから、電気自動車の時代を見据えたクリーンさや軽快さを示唆していることは間違いないでしょう。

 私はいつも自動車のマーケティングはオペラだ、と感じています。自動車という商品そのものが生活者が購入する商品として住宅以外では最も高価なこともありますが、関わる人数、舞台、仕掛け、予算すべてが大掛かりなのです。もちろんどんな意思決定ひとつをとってもそんなに気軽なものはなく、まして舞台金看板の架け替えともなれば喧々諤々です。

 にも関わらず、今回BMWはあえて自ら打って出たわけです。ただならぬ決意を感じずにはおれませんし、バイエルンの新しい馬印が、自動車産業という戦場の風雲急を、否が応でも示しているように感じられてなりません。

【プロフィール】秋月涼佑(あきづき・りょうすけ)

ブランドプロデューサー

大手広告代理店で様々なクライアントを担当。商品開発(コンセプト、パッケージデザイン、ネーミング等の開発)に多く関わる。現在、独立してブランドプロデューサーとして活躍中。ライフスタイルからマーケティング、ビジネス、政治経済まで硬軟幅の広い執筆活動にも注力中。
秋月さんのHP「たんさんタワー」はこちら
Twitterアカウントはこちら

【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら