働き方ラボ

『失敗の本質』おじさんになるな 笑える失敗で“コロナ疲れ”を吹き飛ばせ

常見陽平

 それにしても、新型コロナウイルスである。読者の中にも文字通り「商売あがったり!」という人も多いことだろう。心から同情する。飲食、流通、宿泊など来客が激減している業界は枚挙にいとまがない。自宅勤務の方も、通勤時間は減ったものの、いつもの通りに働けないというストレスも溜まっていることだろう。

 なんせ、暗いニュースが多い。国内外での感染拡大、スポーツや音楽イベントの中止などのニュース、さらには株価の大暴落など、みていて辛くなる。普段は「政治に無関心な人はけしからん」という声も聞こえるが、いざ国難とも言える状況になり政治に注目してみると、与野党ともにどこかズレた、噛み合わない議論をしていてますますイライラする。人にも会いにくい。何かをすると「不謹慎」だと言われてしまいそうだ。中には飲み会のことを「アルコール消毒会」と呼ぶ輩もいるようだが。

 気づけば「コロナ疲れ」が溜まっていないか? 通勤もないはずなのに、精神的にも肉体的にも疲れている人もいることだろう。東日本大震災・福島第一原発事故の際に、何度もテレビやSNSで暗い光景をみて気持ちが落ちたことを思い出す。

 今年は意識の低いことを書く

 やや自分語りになるが、私は今、疲れている。保育園の送迎と、大学への出勤の繰り返しだ。2月下旬から3月に予定されていた講演はすべて飛んだ。アポはガラガラで、とにかく研究と執筆をしなくてはいけない状態だ。これはこれで、貴重な期間である。ただ、毎日、机に向かっているがゆえに、コロナ関連の暗いニュースがどんどん飛び込み、ストレスが溜まっている。世の中全体のニュースもそうだが、自分の大学関連の各種イベント中止などのニュースをみると、学生が可愛そうで悲しくなってくる。そんなことの繰り返しだ。

 毎年、この時期になると「昇進・昇格、人事異動の情報から企業の未来をさぐれ」「職務経歴書を更新しろ」「人材紹介会社に登録してエア転職をしてみよう」など、意識の高いことを書いてきた。今年は、思い切り意識の低いことを書こう。それは「休め」「遊べ」ということだ。「コロナ疲れ」に限らず、ストレスを溜め込んでしまうことはよくない。発散しよう。

 この状況に合わせて、各社でコンテンツの無料サービスなどが始まっている。集英社は人気漫画の『ONE PIECE』を60巻まで無料で読めるようにするそうだ。自宅にこもりがちなときに、なんて嬉しい配慮だろう。いや、新しい読者をつかもうという意図も見え隠れはするのだが。会社員的には23年かけて、主人公が海賊王になれていない実態に、社会の現実を突きつけられて絶句するかもしれないが。

 前回、このコラムでは、こんな時期だからこそ本を読もうと書いた。例えば『失敗の本質』(野中郁次郎他 中央公論新社)などを読み、日本の組織がしてきた失敗から学ぼうと書いた。実は書いたあとで、猛反省した。来月、46歳になる私は、立派な中年であり、おっさん以外の何者でもないのだが…。気づけば「『失敗の本質』を読めおじさん」になってしまっていた。だいたい、『失敗の本質』ほどの名著は、とっくに読んでいる人が多いし、ただでさえ気持ちが落ちている時期に読むと、心がますます暗くなるのである。そして、危機感管理という意味では読むべき本は他にもあり。今さら「『失敗の本質』を読め」と吠えるのは、最高にダサいのである。猛反省した。いや、読んで欲しい本なのだけれども。

 ふと考えた。こういう時期こそ、同じ失敗でも、やや笑えるというか、失笑、苦笑する失敗から学ぶべきではないか、と。ちょうど昨年、Netflixで映像作品化された『全裸監督』(本橋信宏 太田出版)の帯を思い出す。私が買った頃の同作品のコピーは「人生、死んでしまいたいときには下を見ろ! おれがいる」というものだった。これだけで元気百倍だった。いや、人を見下しているわけではない。ただ、ぶっ飛んでいる人、ぶっ壊れている人、挑戦と失敗を繰り返しすぎる人をみると、人は元気になるものである。

 コロナ疲れを吹き飛ばす方法として、私は痛快な読書、しかも人の失敗から学ぶことができる読書をおすすめする。「『失敗の本質』を読め」おじさんにうんざりしているあなたにおすすめだ。

 組織の破綻を防ぐ参考に

 一つは『バンド臨終図鑑』(速水健朗、円堂都司昭、栗原裕一郎、大山くまお、成松哲 文春文庫)である。文字通り、「あのバンドは、なぜ解散したのか?」ということにとことん迫った、バンド版『失敗の本質』である。

 よくバンドの解散や活動休止のリリース文で「音楽性の不一致により」というものがある。それなりに説得力があるようで、これほど信用できない言葉はない。なぜなら、普段のバンドのプロフィール、インタビュー、ライブのMCでは「幼い頃からバイオリンを習っていたギターの淳一郎によるクラシカルなフレーズと、繁華街でリアルにストリートファイトに明け暮れていたベースの陽平のパンキッシュなボトムなど、バラバラの個性が絡み合うことが彼らの魅力」というふうに言われているのに、なぜ、今さら「音楽性の不一致」なのかと。

 実際は、カネの問題、ドラッグ、メンバーの病気や死、女性関係、事務所のトラブル、仲間割れ…。まあ、色々ある。たまに美しい解散もあり、心が洗われるのだが。ビートルズからSMAPまで、古今東西のバンド191の終わり方を描いた、もうお腹いっぱいの本なのだ。この本を読むと「人間って、しょうもないなあ」と思い、むしろ吹っ切れたりもする。

 なんせ、このコロナによる混乱である。働き方の混乱もそうだが、経済環境が悪化する中、今後、業績が厳しくなる可能性もある。混乱期において、組織の破綻をいかに防ぐか。参考になる。

 もう一つ、超絶オススメ本をご紹介しよう。『書評の星座 吉田豪の格闘技本メッタ斬り 2005-2019』(吉田豪 ホーム社)である。もう、タイトルだけで何の本かわかると思う。なんせ、プロ書評家の吉田豪のメッタ斬り芸を堪能できるのだから、それだけでもうこの本を読む価値はある。

 しかも、その矛先が格闘技本なのだからたまらない。格闘技本も自伝、ルポルタージュなど様々だ。なんせ格闘家という普通のサラリーマンとは違う人たちの生き様が描かれている本である。ゆえに、トンデモ本もそれなりに存在する。「もう時効だけど」と言って語りだす経営者や上司の話が「いや、それ問題ですから、犯罪ですから」と突っ込みたくなるのと同じような暴露話、ファンでも聞きたくないどうでも良い自分語りなどもある。さらには、明らかに矛盾している話がそのまま出ていたりもする。

 取り上げられている本のタイトルと著者名の一部を見てほしい。これだけで、期待感や嫌な予感が高まりまくることだろう。格闘技に興味のない人でも「嫌な予感しかないな」と思うことだろう。

『野獣の怒り』ボブ・サップ

『あなたの前の彼女だって、むかしはヒョードルだのミルコだの言っていた筈だ』菊地成孔

『青春』魔裟斗

『幸福論』須藤元気

『蘊蓄好きのための格闘噺』夢枕獏

『覚悟の言葉』高田延彦

『平謝り』谷川貞治

 格闘技ファン以外にもぜひ、読んでほしい。これまたしょうもない部分も含めて、「人間っていいな」と思える内容だ。不思議と元気が湧いてくる。きっと、皆さんの会社の中にも経営陣や上司で浮いている人、ぶっ飛んでいる人がいることだろう。彼らと格闘家はイコールではないものの、そういう人たちに対する理解が深まるし、何かこう元気が出るはずだ。さらには、ツッコミの練習になることも間違いない。

 やや私の趣味によせた話をしてしまったが、人間は色々あるから面白い。というわけで、こういう時期は、様々な人の模索から学ぶことにしよう。

常見陽平(つねみ・ようへい) 千葉商科大学国際教養学部専任講師
働き方評論家 いしかわUIターン応援団長
北海道札幌市出身。一橋大学商学部卒業。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了。リクルート、バンダイ、クオリティ・オブ・ライフ、フリーランス活動を経て2015年4月より千葉商科大学国際教養学部専任講師。専攻は労働社会学。働き方をテーマに執筆、講演に没頭中。主な著書に『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版社)『「就活」と日本社会』(NHK出版)『「意識高い系」という病』(ベストセラーズ)など。

【働き方ラボ】は働き方評論家の常見陽平さんが「仕事・キャリア」をテーマに、上昇志向のビジネスパーソンが今の時代を生き抜くために必要な知識やテクニックを紹介する連載コラムです。更新は原則隔週木曜日。アーカイブはこちら